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第30話 G 侵 入


 学校から徒歩五分ほどの場所にある、二階建ての一軒家に着いた。玄関に備え付けられたインターホンの横には、鞘師さやしと書かれた表札が貼られている。


「まず、城ヶ崎じょうがさきさんが入れるように準備してくるね」


 なるみちゃんは玄関の扉を開けて、家の中に入っていった。


「なあトアリ、準備って何だ?」


「汚染された使徒が侵入してもこの世の全てが爆ぜないように、なるみが準備してくれてるんです」


 ……まるで意味が分からないのですが。


「城ヶ崎くんにはまず、あのセントラルドグマを突破してもらいます」


 ただの玄関の扉なんですが。


「決して、あの内側を触らぬようお願いします。もし触ると……地球が爆ぜます」


 絶対に爆ぜないと思うのですが。


「まず、靴を脱いで下さい」


「は? ここで?」


「ええ、お願いします」


 俺は渋々、靴を脱いだ。


「脱いだ靴も、鞄もスマホや財布等の貴重品も――」


 いいつつ、トアリは大きなビニール袋を取り出した。


「この中に入れて下さい」


「……まさかゴミに出すんじゃねーだろうな」


「安心して下さい。価値はゴミ同然ですが、捨てるようなことはしません」


 サラッと失礼なことを言うな。


「お姉ちゃん準備できたよー」


 と、なるみちゃんが玄関の扉から顔を覗かせた。


「オッケー。じゃあ城ヶ崎くんを入れるから」


「うん、分かった」


 なるみちゃんは引っ込んだ。


「では、今から私がセントラルドグマを開けるので」


 玄関の扉ね、はいはい。


「内側は絶対に触らないで下さいね! 絶対ですよ!」


 分かっとるわしつけえな。こういうことだけには必死だなホント。


「入ったらまず、靴下を脱いで下さい。そこで注意するポイントは、靴下を脱いで素足になった後のことです」


「……何だよ?」


「素足になったその足を、地面に着ける前に、廊下に敷かれたタオルの上に着けるようにして下さい。勿論、両足ともです」


 めんどくせえな。


「まあいいや……。やりゃあいいんだろ? 仰せの通りに」


「では……」


 トアリは扉を開けた。俺は内側に触れぬよう入った。そして玄関の中で、独りになった。


「あー、なるほど……」


 玄関は普通だった。しかし廊下には、色とりどりのバスタオルが敷かれており、それがどこかの部屋に繋がる道を作っている。


「これを辿ればいいの? なるみちゃん!」


 俺は家の奥に向かって声を張った。


「うん! くれぐれも指示通りにね!」


 なるみちゃんの声が遠くの部屋から聞こえてきた。


「脱いだ靴下は、玄関にあるゴミ箱の中に捨て――入れてね!」


 今なんか凄いこと言おうとしてなかった? 気のせいだよねなるみちゃん信じてるよ。


「わ、分かった!」


 俺は靴下を右足から脱いで、裸足になった右足をタオルに着地。そして右足だけを軸に立って、左足の靴下を脱いで両足タオルの上に着地。次いで近くのゴミ箱に靴下を捨て――入れた。


「なるみちゃん、脱いだよ!」


「じゃあそのままタオルの上を歩いてね! 絶対に床に足を触れたら駄目だからね!」


「あ、ああ!」


 俺はタオルの道を辿って奥に進んだ。辿り着いた部屋の前には、なるみちゃんが立っていた。


「ここって……」


「うん、バスルーム」なるみちゃんは笑顔で言った。


「えっと、風呂にでも入ればいいのか?」


「お風呂じゃなくて、シャワーを浴びてほしいんだ。でもその前に、手を洗ってね」


「あ、ああ……」


 俺はバスルームの前の洗面所で手を洗った。


「指先、手首までちゃんと、ね?」


「あ、分かった……」


 なるみちゃんに細かく指示されながら、俺は手を洗い直した。


「うん、お疲れ様。次はシャワーなんだけど、注意することがいくつかあるんだ」


「な、なにかな?」


 俺は恐る恐る訊いた。


「まず、制服とか下着を脱いで裸になるでしょ?」


「あ、ああ……」


「その時、制服や下着に手を触れるでしょ? その時、また手が汚染されるじゃん?」


「……あー、何となく分かったわ……」


「ふふっ。だから順序は、まず制服と下着を脱ぐ。その脱いだ制服と下着を、そこの洗濯機の中に入れる」


「ふんふん……」


 俺は頭に入れながら何度も頷く。


「そしてまた手を洗ってから、バスルームに入って。くれぐれも手を洗う前に入らないようにお願いね」


「よし、分かった」


「あと……」


 まだあんの?


「体はちゃんと耳の裏とか足の間や裏とか細部まで洗って。勿論、顔も髪の毛もきちんと。着替えはこっちで用意したものを使ってね、城ヶ崎さん」 


「あ、ああ……分かった」


「まあ城ヶ崎さんは初めてだから、いつものシャワーを三回浴びる感じでお願い」


「つまり三回、体とか顔とか髪の毛を洗う、と」


「うん。バスルームから出てタオルで体を拭いた後は、また手を洗ってから下着とか着てね。そして服を着た後も手を洗ってからドライヤーで髪の毛を乾かして、その後また手を洗ってから、地球上に存在するいかなる物質には一切手を触れずに、大声で私を呼んで」


 一苦労だな。


「分かった……やってみる……」


「うん、お願いね。じゃあ私は失礼するから」


 なるみちゃんは扉を閉めて出ていった。


「いっちょやるか……」


 俺は指示通り、服を脱いで洗濯機に放ってから手を洗い、バスルームに入った。


 そして体の細部、顔、髪の毛を洗っては流しを計三回。

 終えた時はふやけそうになっていた。


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