全身を白い防護服で覆ったフルアーマー系女子。
ただの潔癖症でウザい奴だと最初は思っていた。
でも彼女には、悲しい過去があった。
大好きなお婆ちゃんを流行の病で亡くし、重度の潔癖症になったのだ。
ゆえに、望まぬ鎧を纏うことになった。
望まぬ棘を飛ばすようになった。
望まぬ毒を飛ばすようになった。
望まぬ環境を作るようになった。
そう、今の彼女は彼女が望まぬ姿。
本当の彼女は、元気で明るく、誰にも好かれる人気者で……。
太陽のような女の子なのだ。
本当はみんなと一緒に、普通にすごしていきたいけど、できない。
そんな苦しみを背負っている。
……悲しみを背負っている。
だから彼女は悪くないし、彼女のことを知らずに離れる者も悪くない。
彼女のことを知らない者を、責めてはいけない。
でも、知っている者は……。
知った者は、どうすべきか……。
その『答え』を持って、俺は朝早く学校に来ていた。
「……あれ?」
昨日まで廊下に貼られていた俺の指名手配写真(のようなもの)がない。流石にやりすぎだと、教師が剥がすように注意してくれたのだろうか……。
「ふーん……ちょっとはマトモな教師も居るってことか?」
眠気の残る頭を抱え、俺は教室に入った。当然だが、中にはまだ誰も居ない。
「いっちょやるか」
まず、俺は教室の高い所(校内放送用のスピーカーや掃除用具の入ったロッカーの上など)に空間除菌ジェルを設置。
広告通りなら、これで教室内の空気は九十九・九パーセント除菌される。
「お次は……」
ウェットシートを使って教室の床、机、椅子を拭いた。こちらも九十九・九パーセントの除菌力を持つ。
「こんなもんか。あー疲れた……」
細部まで手は届かなかったが、だいたいの場所を拭き終えた。
体を後ろに仰け反らせて腰を伸ばした時、ギシュリという音と共に、教室に誰かが入ってきた。
「よう、今日は早いな」
俺が言うと、鞘師トアリは「ええ」と小さく言った。
「相変わらずの防護服だな」
「ふん。放っておいて下さい」
顔を横に逸らした鞘師の右脇には、大量のプリントが挟まれている。
「何だそれ? 今日って配るプリントあったっけ?」
「こ、これは、その……あっ!」
ハラッ……とプリントが一枚落ちた。それは、昨日から廊下に貼られていた俺の指名手配写真(のようなもの)だった。
「おまえ、それ……」
「べ、別に!」
鞘師は慌てて写真を拾った。
「視界が汚染されると思って剥がしたまでですから! 昨日、
それを聞いて、俺は笑みを溢してしまった。
「な、何ですか!」
「ホント、素直じゃないなと思ってさ」
「う、うるさい! 城ヶ崎くんだって、何してるんですか!」
「ああ、これ?」俺は教室を見渡しながら、「おいおい、クラスのスローガン忘れたのか?」
「スローガン?」
「除菌率、九十九・九パーセントを目指すんだろ?」
「それはまあ……そうですけど……」
「だろ? 俺はただ、男子のクラス委員長として、女子のクラス委員長が作ったスローガンを守ろうと思ってやったまでだよ」
鞘師は黙り、教室はしばらく静寂に包まれた。
「あのさ」
沈黙を破ったのは俺。
「俺、聞いたんだ」
「え?」
「なるみちゃんには口止めされたけど、言うよ。潔癖症になった理由、聞いた」
「……」
「だからって、俺は今までのことを謝るつもりはない。何だろうな……上手く言葉にできないけど、そうするともう、俺たちの関係はギクシャクして、変な感じになると思うし、鞘師だって安い同情されて謝られたくないだろ?」
「……」
「でも一つだけ……一つだけ変わらせてくれ」
「……一つ?」
「ああ。俺、話を聞いて、昔の鞘師に戻ってほしいと思ったんだ。昔の明るい鞘師に。毒づいたりしない、皆に好かれる鞘師に。そう思うようになったってとこだけだな、俺が変わるのは」
簡単に言えば、と俺は続ける。
「鞘師の潔癖症が治るように協力するってことだ。お婆ちゃんもそれを望んでると思う。明るい鞘師が好きだったお婆ちゃんも、昔の鞘師に戻ることを望んでいると思うんだ。俺が何を知ってるんだって思ったんなら謝るけど……」
「……別に……」
鞘師は小さく言った。
「別に、嫌な気持ちにはなっていません……。私だって、そう思ってます……。私だって、潔癖症を治したいと思ってます……」
「そうか……」
再び訪れる沈黙。だがその静けさは、先ほどとは違った。
互いの気持ちを分かり合ってこその沈黙だった。
「よし、決まりだな。もちろん無償で協力する。鞘師の話をなるみちゃんに聞いてから、高校デビューとか言ってた自分がバカバカしくなってさ。んなもん後回しだ。ああでも……さっき言ったと思うけど、潔癖症が治るように協力はするけど、俺は今まで通りの態度で行くからな?」
「ふ、ふん! そんなの承知の上です! 受けて立ちますよ! 私だって今までと態度を変えるつもりはありませんからね!」
「おう。じゃあヨロシクな『トアリ』」
「ええ、まさかあなた如きに下の名で呼ばれるようになるとは思いませんでしたが」
「言ってろ」
俺と『トアリ』は小さく笑い合った。
「ほんじゃまあ、早速なんだけど、明日から始まる課外授業について考えるか」
「あっ」
「……『あっ』?」
聞き返した俺に対し、トアリは両手でギシュリと頭を抱えた。右脇に挟んだ全ての俺の指名手配っぽい写真が床に散らばる。
「おい、どうした?」
「そうでしたそうでした……。課外授業って明日からでした……」
「ああ……。トアリまさか、準備してないのか?」
「そんなのしてないに決まってるじゃないですか! 必ず課外授業を破滅に向かわせる自信があったので!」
「マジかよ……。じゃあ、昨日の五限目に課外授業の日程表とかも貰ってなかったり――」
アッと、俺は声を上げた。
「トアリ、そういやおまえ、昼食の時間になった途端、消えたよな? 六限目が始まるまで……」
「え、ええ。だってあんな汚染されたエリアで昼食を取ることなどできませんから」
俺はその汚染されたエリアで独り寂しく弁当つついてたんだけどな。主におまえと愉快な仲間である
「家に帰って昼食を取りました」
まさかの帰宅?
「じゃあトアリ、課外授業の細かい日程とか知らないのか?」
「知りません知りません!」
「マジで? マジで準備してないの?」
「してませんってば! ああどうしようどうしよう! もう無理! 不可能! 課外授業先のエリア全てを除菌してから行かなくてはなりませんから準備に三年かかりますし!」
なにするつもりだった。つーかそれだとハナから行けねえだろ。準備完了した頃はもう既に卒業してんぞ。
「お、落ち着け。俺が何とかしてトアリを課外授業に行けるようにするから」
「無理です無理ですぅ! ゴキブリが手を差し伸べたところで汚染度が上がるだけ!」
ゴキブリ設定まだ生きとったんかいぃ。
『皆さんおはようございます! 今日も極悪非道
こっちも健在だし朝早ええええええええええ!