「おいアイツ……」
「ああ、極悪非道の」
「なんでも学校にある『考える人』の銅像を腹いせでぶっ壊したらしいぜ?」
「え~?」
「やだ~」
「二ノ宮金次郎も半壊させたらしいぜ。昼休みの間に」
「学校のオブジェクトを壊して自分の力を見せしめるって算段らしい」
「うそ~?」
「こわ~い」
等と、こじれにこじれた噂話を浴びながら、俺は下駄箱へ歩いていた。
校内の至る所に、俺の顔が指名手配犯のように貼られている。顔の下には『二つ名』が黒字で書かれている。
《生徒会公認、極悪非道|六神《ろくしん》
最悪だった。学校を支配しようとする極悪非道六神獣という良く分からない二つ名を得てしまった。
もう高校デビューどころじゃない。ある意味高校デビューだけども。
「何でこうなった……。てか何で俺の邪魔する奴しか居ないんだよ、この学校に居る生物は……。授業環境はめちゃ良いのに……」
肩を落としながら辿り着いた下駄箱に、フルアーマー系女子、
鞘師は靴を履き替えることなく(靴が防護服と一体化しているから)、そのまま外へ出ようとしていたところだった。
「あっ、城ヶ崎くん、ご機嫌よう」
鞘師はとても上機嫌な声で言った。
「……おまえやけに嬉しそうだな……」
「そんなことないですよー。城ヶ崎くんが二つ名を得たことは置いといて」
置いとけないんだけど。
「一年生は課外授業があるじゃないですかー。『ある組織』は破滅作戦に失敗したようですから、他の方法で破滅へ向かわせないと……って思うともう鬱で鬱で」
鬱なのは俺だっつの。ああもう色々ツッコム気力もねえわ。
「……つーかさ、嫌なら破壊せずに行かなきゃいいだろ……。何でそう課外授業を破滅へ向かわせることに拘るんだおまえ」
「……」
何で黙るのここで。
「私だって――」
鞘師は何かを言いかけた。
「べ、別に何でもありません……」
鞘師は強引に先の言葉を飲み込んだのだった。
「……なあおまえ、もしかしてホントは行きたいのか?」
「そ、そんなことありませんしぃー! 別にみんなが行くのに私だけ行かないっていう寂しい感じになるから破滅へ向かわせようとしてるわけじゃないですしぃー!」
まんま吐露してんじゃねーか。
「心中隠すの下手だなおまえ。全身は隠せるのに」
「う、うるさい!」
ギシュリと音を鳴らして腕を振る鞘師。
「まあそう言うなって。鞘師が俺にある協力してくれるってんなら、俺も協力――」
『生徒会副会長の
ちょっとやめてくんないこのタイミングで校内放送。
「ええとだな、改めて……」俺は気を取り直して、「ちょっとした条件付きなら、俺、鞘師が課外授業に行けるよう、協力してやらないでもないぞ?」
「……え?」
鞘師はとても驚いたような声を出した。
「ただし、その後、俺に協力してもらうことになる。友達ができるように協力するのは後回しで、今は汚名返上に、な」
『皆さん、極悪非道六神獣にはご注意を!』
「え? 城ヶ崎くん、返上したい汚名あるんですか?」
今大声で通り過ぎたろ。
「極・悪・非・道・六・神・獣! まずはその汚名返上に協力してもらうんだよ!」
『極悪非道六神獣にはご注意を!』
「うるせえええええええええええええええ!」
俺は堪らずスピーカーに向かって叫んだ。
「いとをかし」
「おかしくねえから! マジでヤバイのこのままだと! 変な二つ名は付くわで高校デビューどころじゃないんだよ! つーかちょっとここ離れようか! あのバカ(加藤)がちょくちょく入ってくるから!」
俺たちは校門に向かってグラウンドを歩きながら、話の続きをする。
「で、だな。話は大体分かったか? 鞘師」
「ええ。私が無事に課外授業に行ければ、席替えしてくれたお礼(友達作りに協力)の前に、汚名返上に協力すればいいんですね?」
「ああ。噂の方の誤解も解きたいが、まず汚名返上しねえと――」
『極悪非道六神獣にはご注意下さい!』
「うるせええええええええええええ!」
グラウンドまで届いてくる校内放送に、俺は叫んだ。
「で、だな」俺は息を整えて、「まずは汚名返上しねえと始まらないしさ」
「なるほど。でもなあ……。城ヶ崎くんには無理だと思いますよ? 私を課外授業に行かせることは」
「まだ無理って決まってねえだろ? いいからどうしたら鞘師が課外授業に行けるか、言うだけ言ってみ?」
「そうですねえ。まず、汚染されたクラスメートたちをマグマで熱消毒して」
まず、の時点で無理になったんだけどどうすんだこれ。
「あのな……。てか俺、思ったんだけどさ、鞘師の潔癖症を治せば話は早いんじゃね?」
「ああそれは無理ですね」
清々しいほどに即答だな。
「つーか何で潔癖症になったんだ鞘師は?」
「……」
ちょっとその黙るの止めてくんない。
「あっ、お姉ちゃん、今日は遅かったね」
校門に差し掛かった時だった。誰かに似た可愛らしい声が、俺たちを呼び止めた。声の主は、近くの中学校のセーラー服を着た少
女だった。
「お姉ちゃん今日はどうだった? ちゃんと授業、受けられた?」
と、セーラー服姿の少女は、鞘師に歩み寄った。
「……へ? お姉ちゃんって?」
俺は、横並ぶフルアーマー女子とセーラー服姿の少女を交互に見た。
「え? え? お姉ちゃんって、どういうこと?」
異次元に迷い込んだ羊のように混乱する俺。鞘師はため息を吐き、セーラー服姿の少女は両手で学生鞄を持って不思議そうな顔をしている。
「あの、どちらさまですか? お姉ちゃんの知り合い?」
少女は小首を傾げた。
「あ、えっと、そこのフルアーマーとは知り合いだけど……」
「ええ? そうなんですか?」
と、少女は分かり易く驚いた。そしてセーラー服の乱れを整えた後に、肩まで伸びた黒髪をサラリと後ろへ払った。
「申し遅れました。私、鞘師トアリの妹、鞘師なるみ。中学二年生です」
ぺこりと少女……鞘師なるみは一礼した。次いで俺に天使のような微笑みを当てた。
「うおっ!」
眩しかった。鞘師なるみの微笑みは、太陽光以上に眩しかった。そして後光が見えるほど可愛らしかった。
こんな天使のような少女が、鞘師トアリの妹?
「マジ? マジでキミ……妹なの?」
「はい」
鞘師なるみはニコッと答えた。
「え? え? ええええええええええええええ?」
驚くしかなかった。こんな天使と鞘師トアリが姉妹だなんて、信じられなかった。
「ええええ? マジで? マジで? マジで? えええええええええええええ?」
大声を出す俺に、トアリは舌打ちし、妹なるみはクスクスと笑って何だか楽しそう。
「いや~、マジで? ええええええええ? 信じられないんだけどぉ~」
天変地異、次元湾曲、常識破綻クラスだよマジで。
「ふふっ。面白い人だね、お姉ちゃんのお友達」
微笑む妹に、鞘師は「別に」と無愛想に答えた。
「そういえばお兄さん。お名前は何ですか?」
「あぁ。自己紹介がまだだったね」
俺は咄嗟にイケメンボイスに変えて、キリッと表情を引き締める。
「ふふっ。俺は城ヶ崎俊介――」
『そう! あの極悪非道六神獣、城ヶ崎俊介!』
絶妙すぎるタイミングの校内放送止めてえ!
「ええ? お兄さん、極悪非道六神獣なんですか?」
「ち、違う違う! あれは誤解みたいなやつで! ちょっと学校から離れよう! あそこ勉強できるバカしかいないから! ね!」
俺たちは校内放送が聞こえてこない所まで離れるため、帰り道を進んだ。それまでの間、鞘師なるみから疑いの眼差しを当てられていた。