「さ、さささささ
加藤は後退りして、俺の隣まで来た。
「……なに分かり易く動揺してんだよ?」
「うるさい! 警察呼ぶわよ!」
呼べよ。呼べるものならな
「はあ」鞘師は防護服の中でため息を吐いた。「増殖するG二人と対面とは、朝からツイてないな」
増殖するGってなんだ。
「そろそろだと思ってたんですよねー。温かくなるとGがわき出すんですよねー。カサカサカサカサと」
おい。まさかGってゴキブリのことじゃねーだろうな。
「あっ、そこのゴから始まって中間にキブが入ってリで終わるお二人さーん。汚いので私に近づかないで下さいね」
やっぱゴキブリかいぃ。今日も朝から平常運転だな。
「で? そこのゴ
『ごり』押しにもほどがあるわゴから始まってリで終わるだけに。
「じゃっ、私は教室に向かうんで」
「待たんかい」
横を通ろうとした鞘師を、俺は引き止めた。
「なに謝罪もせず逃げようとしてんの? 人をゴキブリ呼ばわりしといて」
「あっ、すみませーん。私ってば、歯に衣着せぬ物言いしかできないんですよねー」
「それだと失礼に失礼積み重ねてるだけなんだよね!」
鞘師はチッと舌打ちする。
「おまえマジでその失礼さと潔癖症をどうにかしろ! 加藤も黙ってないで、何とか言ってやれよ!」
「え、ええ……」
加藤は紅潮する頬で咳払いをした。
「鞘師トアリ……さん! 人をゴキブリ呼ばわりするなんて、相変わらずね!」
「あなたも汚染度の酷さは変わってませんね、加藤律子さん」
顔を赤くして腕を組む加藤と、フルアーマーの鞘師が火花を散らして向かい合う。
「……そういやおまえら、知り合いなの?」
「ええ。鞘師トアリ……さんとは中学からの付き合いでね」
睨み合う二人の側で、俺は「ふーん」と小さく納得した。
「ふん! 今日はこれぐらいにしておいてあげるわ! 鞘師トアリ……さん!」
そして! と続けながら、加藤は俺を指差した。
「城ヶ崎俊介! 鞘師トアリ……さんと極悪コンビになったからって良い気になってんじゃないわよ!」
なってねえよ。
「全権力を行使して阻止するから待っていなさい!」
何をだ。
「首を洗って待っていなさい!」
俺と鞘師を順に睨み付けてから、加藤は勢い良く去っていった。
「何なんだアイツ……」
「ホント、変な人ですよねー」
フルアーマーのおまえがそれ言う?
「つーか鞘師。おまえ初っぱなから早速クラス委員長の仕事サボってんじゃねえよ。俺一人でやるハメになって大変だったんだからな。おまけに変な奴に絡まれるし」
「ゴメンなさーい、アハハ☆」
アハハ☆ じゃねえよ。ちょっとは反省しろ。
「ま、まあいい……」俺は何とか怒りを堪えて、「ところで鞘師。俺たち、何だか変な噂になってるらしいぞ」
「噂、とは?」
ギシュリと首を傾げる鞘師。
「なんでも、二人で手を組んでこの学校を制圧するつもりだとか噂になってるらしいぞ。まったく、良い迷惑だっつの」
「ちょっと! それは私のセリフなんですけど!」
いや全力で俺の台詞なんですけど。
「こーら、城ヶ崎くんと鞘師さん」
不意に、
「こんな廊下のど真ん中で騒いで、他の人に迷惑よ?」
「ですよねー☆ これだから城ヶ崎くんは」
おまえだおまえ。主な原因な。
「ふふっ、まあいいわ。クラス委員長同士、早速仲良くなっちゃった様子だし」
なってませんから。ホントその綺麗な瞳は節穴のようですね。
「さて、そろそろHRよ。ほらほら!」
岩田先生に背中を押されながら、俺たちは教室に向かった。