「じゃあ
ギシュリと立ち上がった鞘師と共に、俺は教壇の前まで行った。そして
(くっそー。やるっきゃない、か)
やむを得ない。腹を括るか。こっから巻き返す他の作戦を考えよう。
「え、えーと、男子のクラス委員長をやることになった城ヶ崎俊介です。学校に知りあいが居ないので不安ですが、よろしくお願いしま~っす☆」
学校内で孤独という、話しかけやすくなる要素をさり気なく組み込んでの挨拶は、我ながら誤解を解くには上出来な自己紹介だと思った。
んだけど、
「ぜってー嘘」
「だな」
「中学ん時の軍団とか居そうだし」
「いつかバイクで突っ込んでくるって、校門に」
「恐―い」
「やだー」
と、余計恐怖を煽るような感じになっていた。
(何でだよおおおおおおおおおおおおお!)
くそ……。あの鞘師さえ……鞘師とのやりとりさえなけりゃこんなことにはならなかったのに……。
「え、えっと、とりあえずよろしくお願いしま~す……」
俺は一礼した。
「何はともあれ、これから頼むわよ」岩田先生は教卓に腰をかけている。「じゃっ、次に鞘師さん。お願いね」
今度は鞘師が教壇の前に立ち、皆の方を向く。黒塗りのゴーグルでその焦点が何処に向かっているのか分からないが。
「どうも初めまして、女子のクラス委員長になった鞘師トアリです。早速なんですが、このクラスのスローガンを決定したいと思います」
ざわっとする教室。
「いつ如何なる場合であっても、教室の除菌率九十九・九パーセントを目指しましょう。あっ、そこのあなた」
鞘師は中央付近の席の男子を指差した。
「今、汚い息を吐いたでしょう。呼吸器官の活動を止めなさい」
死ねってこと?
「はーい、そこの女子ー」鞘師はまたも指差す。「咳払いしたじゃーん。はいたった今、汚染度上がりましたー。教室のために今後はずっと呼吸器官活動停止するように」
死ねってこと?
「あっ、そこのいかにも体育会系の男子ー。部活の朝練で汚染されてるでしょう? 今から摂氏一七〇度以上のサウナルームで一分半ほど全身を熱消毒してくるように」
だから死ねってこと?
鞘師の怒濤の除菌プランに、ほとんどのクラスメートたちはキョトン顔。岩田先生と鞘師のことを昔から知った風の女子たちは呆れ顔だ。
「とまあ、こんな感じでクラスを仕切っていくので、よろしくお願いしますね」
「んなクラス委員長聞いたことないんだけど!」
俺は堪らずツッコンだ。
「いきなり大声を出さないで下さい城ヶ崎くん」鞘師はギシュリとこちらを向いて、「クラスの風紀が乱れます」
「いや鞘師のやり方を呑んでるとそのクラス自体が滅亡するんだよ! おまえさっきから死刑宣告しかしてないからな?」
ハハッと鞘師は笑う。
「私が提言する除菌についていけないようならそこまでの器ってことですよ。私は振り落としていくタイプの委員長ですし」
「振り落とすどころか絶え果てるの! 呼吸器官の活動停止しろとか摂氏一七〇度のサウナ入るとかやってみ? 死ぬわ普通!」
あぁ……、と鞘師は至極冷静な声を出した。
「それなら大丈夫。私のマスクなら逆に空気を清浄にできますから呼吸器官の活動を停止する必要性もありませんし、摂氏一七〇度も防護服ならなんとか耐えられますから」
「言うと思ったああああぁ! ゼッテー言うと思った! おまえマジで自分のことしか考えてねえのな!」
「当たり前じゃないですかー(さっきからうるさいなこの素朴オブ素朴男子は。ビックリマーク付けすぎだっつーの。ビックリマンかよ。てか語彙も乏しいしツッコミのセンスもない、キレもない、合理性も無い。ダメだねこれ、ツッコミの才能無いわ。てか今晩はカレーらしいから、テンションマックスマックス! メガマックス! テラマックス! 空前絶後っ! 究極にツイてるっ!)」
「括弧内なげーよ! 普通に言え! つーか後半超どうでもいいしウザいんだけど!」
ツッコミに疲れて息継ぎした拍子、俺は自分の立ち位置が教壇の前であることをハッと思い出した。
皆が恐れるような顔で俺を見ている。ツッコミにヒートアップした俺を見てクラスメートたちは、
「やっぱヤバイな」
「こえええ……」
「委員長になった理由がハッキリしたな」
「ああ、クラスを支配するためとかだな」
「恐~い」
「どうなるのこのクラスは?」
ヒソヒソしだした。
(くっ……。ダメだ……これ以上、みんなの恐怖を煽るようなことは出来ない……)
俺は深呼吸して、なんとか落ち着きを取り戻した。
「ま、まあ、とりあえず……。鞘師……さんのプランは一つのジョークみたいなものなので、みんな気にしないように」
「えっ? ジョークじゃないって、ワリとマジで本気――」
「うんうるさい」
付き合うときりがないので、俺は速やかに切り上げてやった。舌打ちした鞘師と入れ替わって、俺は教壇の前に立つ。
「なにはともあれ、俺たち二人でこれから頑張っていくので、よろしくお願いします」
精一杯の笑顔を見せたつもりだったが、引きつっていたのが自分でも分かった。
クラスメートたちは分かりやすく恐怖で支配された顔をしていた。