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第7話 失礼度の底が見えない。


 鞘師さやしトアリの捜索に向かったはいいが、まず何処を捜せばいいのか……。


「体育館とかには居ないだろうし」


 当てもなく廊下を進んでいると、不自然に扉が開いた部屋を発見した。


「……ここって……保健室か……」


 俺は吸い込まれるように保健室に入った。ベッドの上では、白い防護服を着た鞘師トアリが座っていた。


「お、おい。急に教室を飛び出して何のつもりだよ?」


 言いつつ、俺は後ろ手で保健室の扉を閉めた。先生は居らず、保健室は俺と鞘師トアリの二人のみ。


「はぁ……」鞘師トアリは防護服の中でため息を吐いて、「やっぱりサイドに人が居ても無理だわ、絶対。常に左右から毒霧を噴出されてる気分」


 おまえも吐いてるけどな、猛毒を。


「ねえ。そこの素朴オブ素朴男子、替わってくれない? 君の窓際最後列の席、教室の中では一番汚染されにくい場所なんだよね」


「……嫌だね。つーか俺は城ヶ崎じょうがさきって名前なの。覚えとけ」


 え? と鞘師トアリはとても驚いた声を出した。


「じ、城ヶ崎? 先生もそう呼んでたけど、本名なの?」


「当たり前だろ」


「下の名前は?」


「はぁ? 俊介しゅんすけ……だけど」


 え? と鞘師トアリはまたも驚きの声。


「城ヶ崎? 俊介? そのナリで?」


 鞘師トアリはクスッと笑ってから、


「いとをかし」


 ……………………何だコイツ果てしなくウゼえ。


「というわけで城ヶ崎くん。私と席替わってくれるってことでオッケー?」


「何が『というわけで』なの? てか今俺のこと思いっきりバカにしてたよね? そんな奴と替わるわけないよね?」


「まったまたー。冗談は名前と顔だけにしてよー」


「名前も顔も冗談じゃないんだけど!」


 俺は思わず叫んだ。


「初っぱなから満遍なく失礼だなおまえ! 失礼なことしか言えない縛りでもしてんの?」


「私の発言を失礼と取るかどうかはあなた次第」


 鞘師トアリは何処かの教祖のように、酷く落ち着いた声を出す。


「ただ、あなたに対しての発言は失礼ではないのかもしれない……。そう、あなたが容姿にそぐわぬ名前を神様から授かったのは、紛れもない真実なのです……。真実から目を背けてはいけません」


「長々とやかましいわぁ!」


 俺は体を大きく後ろへ仰け反らせながらツッコんだ。


「何なのコイツゥ! 早くも生涯出会った奴の中で一番失礼な生命体として記録される勢いなんだけど! こんな失礼な奴見たことも聞いたことも――」


 ツッコム最中、俺はあることに気付き、「あれ?」と言葉の続きを斬っていた。


「……そういや鞘師、あの暗黒面みたいな『コーホー』って呼吸はどうした?」


 鞘師は防護服の中でフッと笑った。


「あああれ? 比較的、綺麗な空間ではフィルターの層を薄くしてるから今は大丈夫」


「綺麗な空間?」


「そう。ここ保健室じゃん? 毒の洞窟と違って浄化されてるからね」


 毒の洞窟ってなに? ……ああ教室のことか。めんどくせえな言葉のフィルターも。


「毒の洞窟と言えど、窓際ならフィルターの層を薄くできるんだけどなぁ」


 だからなに? もしかしてコホコホしなくなるから替われって言いたいわけ?


「あと、動く度に防護服の音がうるさいとお思いの、そこのあなた。ご心配なく。いきますよ?」


 すると鞘師はベッドの上で座ったまま、スッ……と、なだらかに右手を挙げた。その際、防護服のギシュッという煩わしい音は鳴っていなかった。


「ふふ。見ましたか? 実は私、防護服のままでも無音で挙手する特訓をして、この大いなる『神の境地』まで辿り着いたのです」


 大げさ過ぎない?


「ほら、ほら」


 言いつつ、鞘師は右手の上げ下げを繰り返す。無音で。


「右手の挙手に限ってなら完璧に無音を貫けます」


 鞘師は静かに右手を膝の上に置いた。


「あと、窓際ならコホコホしません」


「……だから替われってんのか?」


「ようやくご理解いただけましたか」


 鞘師は防護服をギシュッと鳴らして立ち上がり、保健室の扉の方へ歩いた。


「交渉成立ですね。では参りましょう」


「待たんかい」


 俺は背後から鞘師の右肩を掴み、こちらに反転させた。俺と向き合うと、鞘師は防護服の中で舌打ちした。


「交渉成立してないんだけど。頼むから一方的に話進めるの止めてくんない?」


「あーもー。あなたのせいで防護服の右肩が汚染されたじゃないですかー」


 俺が触ったからってか? 汚物だからってか? つーかまず第一に人の話しを聞け。

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