目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第3話 鞘師トアリ見参!


「お、遅くなりました!」


 女子の声と共に、教室のドアが慌ただしく開かれた。芸能界の厳しさをまだ知らない清純派アイドルのような可愛らしさが、声にはあった。

 マスクでもしているのか、その声は少しこもっていた。さしずめ、先ほど前の女子が言っていた『トアリ』なる女子だろうか。


(一体どんな奴――)


 入ってきた人物を見て俺はフリーズした。その他大勢も同様に、入ってきた『白い物体』を見て硬直していた。


 初見で物体と知覚してしまうのも無理も無かった。何せその『人物』は、白い防護服に身を包んでいたからだ。


 これから毒沼にでも出陣するのかとツッコミたくなるほどのフルアーマー状態。手先から足先と、全身のあらゆる部位を覆うタイプの防護服を着用している。


 顔には微細なウイルスすら通過を許さないほど厳重な防塵マスクと、目をバッチリ守ってくれる黒塗りのゴーグル完備。白い防護服の生地はかなり分厚く、動く度にギシュギシュと音が鳴っている。


(え、ええええええええええええ?)


 俺はフルアーマー系女子との対面にフリーズした(本日二度目)。無論、フリーズしたのは俺だけじゃない。岩田いわた先生とごく少数の生徒以外、そのフルアーマー系女子の方に焦点を当てた状態のまま凍結していた。


「ちょっと鞘師さやしトアリさん!」


 岩田先生は酷く怒った様子だ。

 無理も無い、フルアーマーで登校なんて許されるはずが、


「初日から遅刻とはいい度胸してるわね!」


 いやそれ以前に問題なところ無い?


「す、すみません! 実はその――」


 ハッとした様子(フルアーマーで隠れてよう分からんけど)で、鞘師トアリはバッチリ俺の方を向いた。その際、防護服がギシュギシュと音を鳴らしていた。


(な、何だ……?)


 鞘師トアリはフルアーマーの内部から、何かを訴えかけるような気配を俺に当てた。後に、岩田先生の方へ向き直した。


「じ、実は産気づいた妊婦を病院まで運んでいまして!」


 いや警官二人に職質されてただろ。


「そんな化石のような嘘通用するとでも思ってるの!」


 ホントだよ。怪しすぎて警官に職質受けてたって素直に言えば遅刻取り消してもらえるかもしれんのに。何でそこ見栄張るんだ。


(え、えええええええ? てか、何なのアイツ)


 岩田先生に激しく説教を受けるフルアーマー系女子、鞘師トアリ。その異様な光景に、教室内は小さくざわついている。


「ビックリしたでしょ?」


 ふいに、前の女子がこちらに振り向き、囁き声で言った。


「え、えーっと……。まあ……なんて言うか……」


 ヒソヒソを開始した拍子に、説教されてしょんぼりと首を落とすフルアーマー系女子が視界に入った。


「仕方ないんだよ。トアリちゃん、ああいう格好しなきゃいけないから」


「……え?」


「あそこまで自分を守らないと生きていけないんだ、トアリちゃん」


「……どういうことだ?」


「トアリちゃん、普通の人間が吸うような、汚い空気に汚染されないようにしてるんだって」


 ……ん?


「『私のように高貴で清潔な人間が、清潔に気を遣わないバイ菌のような下品な人間と空気を共有したら死んじゃう』んだってさ」


 言うと、前の女子は何故かクスッと笑ったのであった。


(え、ええええええええ?)


 なんだそれ。要は超失礼な奴ってことか。


「ちょっと潔癖が過ぎるよねー」女子は前に向き直す。


 ちょっとどころじゃないよ。てかよく笑っていられるな。ガンジーでも怒るぞバイ菌扱いされたら。


(ふーん……ああそう……そういうこと……。バイ菌ね……)


 とりあえず奴には関わらない方が良さそうだな。向こうもそれ(バイ菌のような人間と関わらないこと)を所望しているようだし。

 ゼッテー関わらねーぞ、あんな超失礼な奴。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?