真実を映し出す銀色の悪魔にいくら念じたところで、顔のランクが変動することはなかった。
体長一六〇〇ミリという高校一年生男子の平均値を下回る数値が変動することも、貧弱な体型が筋肉ムキムキマッチョマンになることもない。
分かってる……と己を諭しながら髪型を整えようとするが、生まれ持ったクセ毛はなかなか定まってはくれず、いつもの寝ぐせヘアになってしまうのだった。
(分かってる……分かってる……)
恵まれているものといえば『
あと、ツッコミどころがあると我を忘れてヒートアップしてしまい「なんかヤベ―奴」と周りから距離を置かれがちなところ……なのはむしろ欠点か。
ならやっぱり俺には城ヶ崎俊介というカッケー名前しか取り柄はないな。
普通……。それは俺にとって究極のコンプレックスだった。
『名前は格好いいけど、他は中の中ランクだよね(笑)』
女子のその一言が、俺の胸に深く突き刺さっていた。何かと心が撃たれ弱い中学時代に言われたからだと思う。
――でも普通なのは昨日までのことなのだ。何せ日本で五指に入るほど偏差値が高い、
(大丈夫……俺は普通じゃない……。今日から俺も、あの清キラ高生なんだ……)
清キラ高校に入った者は、必ずエリートの人生を歩むことで有名だ。
エスカレーター式で上がれる附属大学は世界でもトップクラスの学力で、卒業生の一流企業就職率は極めて高い。起業して成功した者の話も良く聞く。
だから今現在、親が最も入学させたい高校ランキング一位を十二年連続で獲得しているスーパー高校なのだ。
男女ともに制服は普通だが、左胸に『清』と書かれた赤いワッペンが貼られていて、制服姿で街を歩けばエリートと指差される。
普通を脱却するため、俺は血を吐くほど勉強してその高校に見事合格した。
そう、もう俺は『普通』ではない。その弾みで色気づいた俺は、髪を染めるという未知の境地に走っていた。ほんのちょこっと茶色くなった程度の染めだが、俺にとっては大きな冒険だった。
新たな自分の姿を見て自信が出て、清キラで高校デビューしてリア充生活満喫してやると息巻くほどノッていた。
「よっしゃ、行くか!」
俺は誇り高き学ランの第一ボタンとフックを丁寧に掛けてから、家を飛び出た。学生鞄を肩に掛けて通学路を歩いていると、学校側から予鈴が聞こえてきた。HRの予鈴だろう。家から学校が近いからといって、のんびりし過ぎてしまったらしい。
(やっべ……。初日から遅刻とか……)
走り出し、曲がり角に差し掛かった時だった。
「ちょ、ちょっと止めてください!」
前方から、女子の声が聞こえてきた。マスクか何かでこもっていたが、その声には清純派アイドルのような可愛らしさがあった。
明らかに拒絶する様子の声を聞いて、女子が不良にからまれているシチュエーションを、俺は刹那の間に思い浮かべていた。
(なるほど、運命が俺にフラグを立たせようとしているのか……)
しょうがない、助けてやるか。ほっとけないし。
相手が千年に一人の美少女ならな……と思いつつ、声がした方を向いた。その先には、二人の警察官に囲まれた『白い物体』があった。
いや違う。警察官に囲まれた『人』が居た。
ぱっと見で白い物体と判断してしまったのも、俺がフリーズしてしまったのも無理も無かった。
何せ〝そいつ〟は白い防護服に身を包んでいたからだ。しかもただの防護服じゃない。白い防護服は、これから魔王に挑みに行くかのような完全防備型。
手先から足先と、全身のあらゆる部位を覆うタイプだ。顔にはどんなに微細な塵も通さぬほど厳重な防塵マスクと、目をバッチリ守ってくれる黒塗りのゴーグル完備。白い防護服の生地はかなり分厚く、動く度にギシュギシュと音が鳴っている。
「止めて下さい! 私は一般市民です!」
警官二人に囲まれながら、防護服に身を包んだ人は言った。声からすると、どう考えても女子。
先ほど聞こえてきた可愛らしい声の主だ。防塵マスクごしだから、声はいささかこもっているけど……。
防護服をギシュギシュ鳴らしながら身振り手振りで説得するフルアーマーの女子に、警官二人はかなり警戒した様子だ。
(え、えええええええええええええ?)
いや確かにフルアーマー系女子とか千年に一人どころじゃない女子だけども。
「こ、こら! いいから動くんじゃない!」
眼鏡を掛けた警官が腰の警棒に手をかけながら、フルアーマー系女子に言った。その傍らにて、もう片方の警官がパトカーの無線を使って応援を呼んでいる。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい!」防塵マスクでこもっているが、女子の声は可愛らしい。「全然怪しい者じゃないですって!」
いやどこからどう見ても怪しいですって。
(え、ええええええ? てか、なにしてんのアイツ?)
俺が遠巻きに見ていると、ふと女子は体をこちらに向けた。そして防護服をギュシュギュシュ鳴らしながら、俺に手を振った。
「あ、あの! そこの人! 助けて下さい! 絡まれてるんです!」
いや絡まれてんのはむしろ警察の方。つーかこっちに振るなよ突然。
「助けて~!」
女子は力の限り声を上げて俺に助けを求める。
眼鏡を掛けた警官はこちらを向いて「そこの君! 知り合いなのかね!」
「ち、違います違います!」
俺は両手を大きく振ることで、強く否定した。
「それに俺、ほら、制服のワッペン見て下さい! 分かるでしょ? あの清キラ高校の生徒です。そんな怪しげな人と知り合いなワケないじゃないですか!」
それを受けた眼鏡の警官は深く頷いた。後、酷く怒った様子で女子に詰め寄る。
「貴様あぁ! 何の罪の無い、しかも清キラ高校の生徒を巻き込もうとしやがって!」
激怒する眼鏡の警官の傍らで、もう片方の警官が応援要請を終え、パトカーから出てきた。
「わ、私だってその清キラ高生です!」
女子は必死に叫ぶ。
「嘘をつけ嘘を! そんな怪しい身なりで――」
平和な町の一角で、フルアーマー系女子と警官二人はまだまだ攻防を続けるのだった。
「じゃ、じゃあ、俺は学校行くんでー……」
と彼らに会釈しておいてから、俺はそそくさとその場を去った。
「助けろぉ~~~~~~~~~~~~~~!」
学校へ向かう途中、背後から女子の叫び声が木霊してきた。俺に向かって言っているようだが無視無視。
「仲間だろ、この裏切り者~~~~~~~~~~~~!」
ちょっと止めてくんない、誤解を招くような発言。
「はあ……。何だったんだよ……あいつ……」