屋上で人化を解き、ドラゴンになった私はモゼルを背中に乗せて青い光を目指して全速力で飛びます。
アーロさまっ。
何があったのでしょうか?
アーロさまは人間の王国にいて、私が迎えに行くという約束でしたのに。
なぜそこにいるのですか、アーロさま。
アーロさまに何かあったら、と思うと気が気ではありません。
私が空を飛ぶスピードは速いはずなのに、亀の歩みのように感じます。
彼は無事なのでしょうか。
青い光が放たれている山に着きましたが、木々に隠れて肝心のアーロさまの姿が見えません。
暗い森の中には青い光だけでなく、金や赤の怪しげな光も見えます。
「アーロさま! アーロさま、いらっしゃるのですか⁉」
私は森の外からドラゴンの姿のまま叫びます。
鬱蒼とした森は視界が悪くて、アーロさまの姿がなかなか見つかりません。
人化すれば簡単に森の中へと入って行けますが、危険な魔獣を相手にして即座に対応できるか分かりません。
万が一のことを考えれば、人化している場合ではないのです。
アーロさまのことですから、人間相手なら滅多なことは起きないでしょう。
ですが、相手が魔獣となれば分かりません。
再びアーロさまが傷つけられるようなことになったら……そう考えただけで私の体は震え、心は乱れます。
森の回りをウロウロと飛びながら、私は必死にアーロさまの姿を探します。
「お嬢さま、あそこでは⁉」
私の背中からモゼルがピョンと飛び降りながら森の奥を指さし、そのまま山へと飛び移りました。
素早く森の中へと駆けこんでいくモゼルが進むその先へと視線を向ければ、ボロボロになったアーロさまの姿。
「アーロさま!」
私は思わず叫びます。
アーロさまがこちらを振り返り、パッと表情を輝かせて笑顔を見せました。
少々汚れてはいますが、今日も安定のカッコよさです。
ですが、今はそんなことに感動している場合ではありません。
上空からアーロさまに向かって、大きなコウモリ型の魔獣が襲い掛かってくるのが見えます。
「アーロさまっ!」
私の声が届くか届かないかのうちに、アーロさまが聖剣を魔獣に向かって振りぬきました。
眉間あたりから真っ二つに切られた魔獣が、血をまき散らしながら絶叫を上げています。
その血に誘われたように、四方の木々から大きな蜘蛛が雨のように降ってきました。
魔獣化している蜘蛛なので、小さなものでも猫くらいのサイズがあります。
血に反応したところをみると、おそらく吸血性の魔獣でしょう。
モゼルは木々に邪魔されて、まだアーロさまの所まで辿り着いてません。
「うわっ! なんだこれは⁉」
アーロさまが悲鳴を上げています。
聖剣を扱い慣れていないアーロさまが退治するには、蜘蛛の数が多過ぎです。
アーロさまが危ないっ。
「アーロさまぁぁぁ!」
気付いた時には、私は口から炎を放っていました。
ドラゴンの放つ炎の威力は抜群です。
バンッと炎を撃ち込まれた森は穴が開いたようになっています。
くすぶる炎が残った木々は灰となり、風に煽られ消えていきました。
蜘蛛も大方消え失せました。
「アーロさまっ! モゼルっ! 無事なの⁉」
いけない。威力があり過ぎて、アーロさまやモゼルまで焼いてしまったかもしれません。
「私は無事です!」
アーロさまの声がしました。
ちょっと焦げてしまったようですが、アーロさまは無事のようでよかったです。
「だ、大丈夫ですぅ~」
続いて、モゼルの声もします。
私はホッと胸をなでおろしました。
すっかり見通しのよくなった森ですが、まだ蜘蛛の魔獣の生き残りが潜んでいてアーロさまを狙っています。
ですが、そちらはモゼルが一匹ずつ確実に処理してくれました。
これで安全です。
私はシュルリと人化すると、ズンズンとアーロさまに向かって歩いていきます。
「もうっ、アーロさまっ。だから私がお迎えにいくとあれほど……」
「ああ、怒らないで」
それは無理です、アーロさま。
私は怒っているのです。
「なぜ自分から危ない道を選ぶのですか⁉ 心配させて楽しいですか⁉ 怪我をして嬉しいですかっ⁉」
「あっ、あの、ごめん、ごめんなさい。セラフィーナさま。あぁ、泣かないで」
「ううっ」
無理です。
涙があとからあとから湧いてきます。
私は怒っているのに、なぜ涙が止まらないのでしょうか。
「もうっ……もうっ……アーロさまのバカ―!!!」
こんなに私に心配させて。
アーロさまは馬鹿です。
「あぁ、泣かないで……ホントにごめんなさい、セラフィーナさま。私は、なんてことを……自分の見栄のせいで貴女を泣かせるなんて……」
「うっ……えぐっ……見栄?」
私は泣きながらアーロさまに聞きました。
「あの、ホントに愚かなことだけど……貴女のお父さまによく思われたくて……」
お父さまに?
なぜですか?
お父さまに気に入られることと、私の迎えを待たずに来ることと、どのような関係があるのですか?
私はよく分からなくて、キョトンとしたままアーロさまを見上げます。
アーロさまは恥ずかしそうに視線を逸らしながら言います。
「だって……自分の足で来られないような男との交際を、貴女のお父さまがお許しになるとは思いません。だから私は、せめて自分の足で来たかったのです」
「もう、アーロさまったら……」
アーロさまは馬鹿です。
ドラゴンと人間では体の仕組みそのものが違うのですから、そんなことを思うわけがないのに。
馬鹿です。
馬鹿だと思うのに、愛しさが込み上げてくるのはなぜでしょうか?
「セラフィーナさま? ねぇ、泣かないで」
アーロさまの青い瞳が困ったように私を見つめています。
でも泣くなと言われても無理です。
次から次へと込み上げてくる涙と、胸に湧きあがる愛しさは、一体何なのでしょう。
「アーロさまにぃ、何か……ヒクッ……あったら、私……私は……」
もしもアーロさまに何かあって、もしも命を落とすようなことがあったら。
私は一体、どうしたらいいというのでしょうか。
想像しただけで悲しいです。
それに実際、怪我しているではありませんか。
アーロさまの服はあちらこちら破れて、汚れて、血が滲んでいます。
無事だったけれど。
無事ですが怪我はしているし、次に何かあったときにはどうなるか分かりません。
怖い。
怖いです。
アーロさまに何かあったらと思うと、とても怖いです。
「うわぁぁぁぁぁん」
なぜ私は子どもみたいに声を上げて泣いているのでしょうか。
意味が分かりません。
アーロさまは生きて側にいるのに。
涙は止まらないです。
「あぁ、セラフィーナさま。泣かないで? ごめんなさい。私が悪かったです。ね? 泣き止んで?」
アーロさまが困っているようですが、泣き止むつもりはないです。
次から次へと盛り上がる涙は止まる気がしませんし、無理です。
「困ったな。セラフィーナさま?」
アーロさまが本当に困ったような声を出していますが、知りません。
私の後ろでモゼルの笑う気配がします。
でも泣き止むつもりはありませんよ、私は。
だって無理なんですから。
「セラフィーナさま。ねぇ、泣き止んで?」
優しいアーロさまの声が思いのほか近くで聞こえて、私は目を見開きます。
涙で滲むアーロさまは、いつもよりも優しく見えます。
「セラフィーナさま。私は貴女の側にいますよ」
フワッとした温もりが私を包む。
私はアーロさまに抱きしめられています。
「セラフィーナさま。泣き止んで」
アーロさまは金色の髪で涙を拭きとろうとでもしているように、スリスリと私の顔に擦り付けています。
モゼルが息を呑む気配がします。
近いです、アーロさま。
とても近いぃぃぃ。
私の頬はポンッと音がするほど熱くなりました。
驚きで涙も止まりました。
「あぁ~ぁ、これはもうダメですね。旦那さま」
「ああ、そうだな、アガマ」
空を飛ぶお父さまと、その背中に乗るアガマがコソコソと何かを話している気配がします。
そうです、私はもうとっくにダメです。
アーロさまにメロメロですし、アーロさまに何かあったら心臓が止まってしまいそうです。
だから私とアーロさまの交際は、認めてもらいますよ。お父さま。