なんとなく気まずいまま朝食を終えた私たちですが、久しぶりに会ったのですから、このままでは勿体ないですね。
今日も晴れていて空は気持ちがよさそうです。
「お父さま。朝の散歩に付き合ってくださいますか?」
「ああ、いいね。この辺は景色が綺麗だから楽しそうだ」
私が誘うと、お父さまも乗り気のようです。
「では、私がご一緒します」
「わたくしも、ご一緒させていただきたいです」
モゼルが言うと、アガマも便乗してきました。
「では皆で行こうか」
「「「はい」」」
お父さまの一言で決まりです。
この屋敷の主は私ですけれど、お父さまはお客さまですからね。
お客さまをおもてなしするのも屋敷の主の務めです。うふ。
皆で連れだって屋上に向かいます。
私とモゼル、お父さまとアガマという組み合わせです。
お父さまは私よりも体が大きいだけあって迫力のある飛行をするので、一緒に飛ぶのは楽しみです。
でも恐がりのアガマは大丈夫なのでしょうか?
お父さまはバンッと飛びあがると人化を解いて、黒いドラゴンの姿へと変わりました。
その背中にアガマがヒラリと飛び乗ります。
私もシュルリと人化を解いて銀色のドラゴンへと変わりました。
モゼルがフワリと私の背中に飛び乗ります。
さぁ出発です。
「お父さま、競争よ」
「ハハハ、セラフィーナはお転婆さんだなぁ」
私がサッとスピードを上げると、すかさずお父さまもスピードを上げました。
「うわぁぁぁぁぁ」
「キャハハハッ!」
案の定、アガマは悲鳴を上げています。
モゼルは大喜びですね。よかったです。
グングンスピードを上げて上空を目指します。
足元に広がる山々は絵画のように霞に滲んでいて、ロマンティックです。
青とも灰色ともつかない色合いが濃淡をつけて広がっています。
空は上に行けば行くほど雲が無くなって青い色がどこまでも続く世界になって解放感があります。
この世界では私の銀色の髭と
光と影とか飛んでいくイメージですかね。どうでしょう。
さぞや美しい光景だと思うのですが、自分では見られないので残念です。
風は向かいから吹いて後ろへと抜けていきます。
力強い翼があるから、私は前へと飛んでいけます。
お父さまの後ろにさりげなくつけば、風はだいぶ弱くなりますけれどね。
逆に私が前にでれば、お父さまへ当たる風は弱くなります。
前後入れ替わりながら飛べば、お父さまの背中から響く執事の情けない声が気になります。
悲鳴を上げっぱなしになるのなら、大人しく地上で待っていたらいいのに。
アガマは悲鳴を上げるのが趣味なのでしょうか。
可能性はありますね。
執事の仕事もストレスが溜まるようですから、ストレス解消に良いのかもしれません。
「ヤッホー!」
私の背中では、モゼルが叫んでいます。
モゼルは終始ご機嫌の様子で良かったです。
「セラフィーナ。ただ飛んでいるのでは飽きるな?」
「では、お父さま。急降下で楽しみましょう」
私が急旋回して下降すると、お父さまも続いて下りてきました。
「ワァァァァァァァァ」
もれなくアガマの悲鳴付きです。
「キャハハハハハハッ」
野太い悲鳴と高い笑い声が、静かな山々の上に響いていきます。
急下降によって体に絡みつくなんとも言えない感触を楽しみながら、お父さまと前後入れ替わりながら湖面を目指します。
そして水面ギリギリの所で方向転換。
爪の先で湖面を辿れば、扇型の水飛沫が私の後ろに飛んでいきます。
「おお、上手いもんだな、セラフィーナ」
「でしょう? お父さま。コツがあるのです。力加減が……」
父娘で楽しく情報交換しながら次から次へと美しい水の芸術を作り上げていきます。
舞い踊る水滴が太陽の光を浴びて七色にキラキラと輝きながら飛び散り消えていくさまは、刹那の芸術です。
切り立った山々に囲まれて、獰猛な動物や魔獣が住まうこの場所は、人間の世界からは切り離されたような聖獣の安息地。
「ハハハ。ここは平和で楽しいな?」
「はい、お父さま」
幼いドラゴンが育つには良い環境です。
「お前の母さまが、もっとこちらに近い場所で産まれればよかったのにな」
お父さまは溜息混じりに言いました。
「ん、そうですね」
私も同意です。
お母さまが蘇ると知って嬉しいのですが、帝国のどこかで産まれている可能性を考えると気が重いです。
「早くお前の母さまをここへ連れてきたいものだ」
どこか寂しげに呟くお父さまへ、私は水飛沫を浴びせました。
「こらっ、セラフィーナっ」
「ふふふ。時間はたっぷりあるのですから、そうなさればいいではありませんか。今は今で楽しみましょう、お父さま」
私も早くお母さまに会いたいですが、今この瞬間も大切です。
それにお母さまのことを黙っていたお父さまも悪いのですわ。
もっともドラゴンが蘇ることを知っていたら、幼い私は勝手に家を出て、母を求めて彷徨い歩いていたかもしれませんからね。
そこは許してあげましょう。
「お前がそのつもりなら、こうだっ」
今度はお父さまが水飛沫を上げて私に浴びせかけます。
私はびっしょりになってしまいました。
「もうっ、お父さまってばっ」
しばし2人で子どものように追っかけたり、水を浴びせかけ合ったりして遊びます。
私たちの背中に乗っていたアガマとモゼルも同じようにびっしょりです。
モゼルは私たちと同じようにはしゃいでいますが、アガマは後からの小言が怖いですね。
でもいいです。
今はこの瞬間を楽しまないと損ですからね。