お父さまに椅子を勧め、私はその正面に座りました。
人化は便利ですね。
ドラゴンの姿をしている時のお父さまは大きくてかさばりますから、向かい合って座るには場所を選びます。
人化すれば、こんな小さな可愛らしい屋敷でも向かい合って座れるのです。
モゼルが、お父さまの前に紅茶のカップを置き、私の前にもスッと静かにカップを置きました。
私のカップは花柄に上品な金飾りのついた可愛らしいものですが、お父さまに用意したカップは金色でやたらとキラキラしています。
「ありがとう、モゼル」
お父さまがニコッとモゼルに笑顔を向けると、優秀なメイドがジュッと音がしそうなくらい一気に赤くなります。
「焼き菓子を用意しました。夕食はただいま準備させていますので、しばしお待ちください」
「うむ。わかった。ありがとう、アガマ」
お父さまがニコッとアガマに笑顔を向けると、いつもは不愛想な表情を浮かべている執事が、パァァァァァッと発光せんばかりのキラキラした満足そうな笑顔を浮かべました。
頬も赤くなっています。
何でしょうか、我が家の使用人たちは。
お父さまのファンですか?
知ってますけど、あからさまに態度に出し過ぎではありませんか?
ここに可愛いと美しい担当のドラゴンもいますよ?
しかも、推しドラゴンの娘ですよ?
態度が違いすぎではありませんか?
拗ねたいところですが、そんな子どもっぽい真似をしている場合ではありません。
それに今日の私は、アレやコレをこなした上に、アーロさまから素敵な告白を受けて機嫌がよいのです。
些末なことで拗ねる必要はないので、サクサク先に必要なことを済ませてしまいましょう。
「それでお父さま。なぜこちらへいらしたのですか?」
私は端的に本題へ切り込みました。
「ああ、それは聖剣が発動したことに気付いたからだよ。わたしは、てっきりお前が発動させたものだと……」
「は⁉」
聖剣など発動させる気はありませんよ、私は。
そもそも聖剣だと気付いてもいませんでしたからね。
ちょっと変わった剣が置いてあるなぁ、というのは気付いていましたが。
アーロさまっぽいと思うまで、持ってみようとも思いませんでしたからね。
「お前の魔力量なら余裕で発動すると思ったが……相性が悪かったようだな」
「相性の良い方が見つかったらよいではありませんか」
私の言葉に、お父さまの眉間にシワが寄りました。
どうしたことでしょう。
ご不満ですか?
「まさか人間の手で発動するとは。聖剣ともあろう物が」
「……」
お父さまはアーロさまが気にくわないのでしょうか。
私のアーロさまですよ?
侮らないでくださいませ。
「聖剣を発動させるには、大量の魔力が必要だ。人間に発動させることができるとは、思わなかったな」
「アーロさまは、特別なので」
私はお父さまに向かって、ニッコリ笑って見せました。
お父さまは苦虫を嚙み潰したような表情になりましたが、どうしたのでしょうか。
分かりませんねぇ~。
私はお父さまなどほっといて、モゼルの淹れてくれた美味しい紅茶を一口いただきます。
ついでに焼き菓子をひとつ口に放り込みました。
そして紅茶を一口。
エンドレスですね。夕食が待ち遠しいです。
いい匂いが漂ってきました。
今夜は牛肉のステーキがメインでしょうか。
私をマジマジと眺めていたお父さまが口を開きました。
「お前が恋をする日が来るとは……月日が流れるのは早いものだな」
「そうですね、お父さま」
私も人間と恋に落ちるなんて思ってもみませんでした。
「魔族にお前が食べられそうになったあの日から、薄っすら予感はしていたが……」
「あら、そうですの?」
私は驚いてお父さまを見ました。
お父さまは渋い物でも食べたような顔をして、焼き菓子を食べています。
このお菓子は充分に甘いのですが、心にある感情が苦虫のような味がしているようです。
「そうだ。自分を食べそうになった魔族と、恋に落ちることなど無いだろうし。まぁ、あれだ。ぶっちゃけ、聖獣も割と見た目がアレだから……」
確かに聖獣の見た目はアレです。
私の近くにいるのは爬虫類系が多いですしね。
お父さまは諦め混じりの溜息を吐きながらいいます。
「聖獣は、口が大きいからなぁ。食べられそうになった後、口が大きいのは好みから外れるというデータがあるとかないとか……」
あるのか、ないのか、どっちなのですか、お父さま。
データによる裏付けがなくても、なんとなくお父さまの言わんとしていることは分かります。
言われてみれば、口の大きな方は苦手ですね。
その視点は新しいです。
お父さまは私を真正面から見て真剣な表情を浮かべました。
「いずれにせよ、そのアーロという人間に一度会ってみないとな」
「まぁ、嬉しいですわ。お父さま」
お父さまに紹介すれば、親の公認も得られますね。
私は嬉しくて頬が緩んでしまいます。
あ、コレですね。アーロさまが私を家族に紹介したがった理由は。
なんだか胸がホコホコします。
「ご機嫌ですね、お嬢さま」
モゼルがそう言いながら、湯気の立つステーキを私の前に置きました。
今日はお父さまがいるせいか、前菜による野菜攻撃は免除のようです。
代わりにスープが緑色ですけれど、そこは我慢しましょう。
お父さまの前には、同じものをアガマが置いています。
だから、何故お父さまを見て頬を赤らめるのですか?
アガマってば、お父さまを崇拝しすぎですよ。
見ていて不気味なので止めてほしいです