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第六十一話 お父さまの訪問 1

 アガマがうるさいので、屋敷へ戻りましょう。

 私は屋上へと降りながらフワッと人化します。

 背中に乗っていたモゼルも心得たもので、フワッと私から下りるといつもの姿へと変わりました。

 この着地は第三者が見ても美しかったことでしょう。

 誰も見ていませんし、誰の称賛も得られていませんが、私はご機嫌で屋敷の中へと入ってきました。

 でも様子が変です。

 いつもなら、すぐに出迎えに出てくるアガマの姿すらありません。

 ギャーギャーと騒いで私を呼んでいたのにおかしいですね。

 異変を感じながら、私は私室へと向かいます。

 扉を開けて部屋へと入った途端、その理由に気付きました。

「お父さま!」

 私の広い広い部屋に、父エドアルドが人化した姿でドーンと立っていたのです。

「久しぶりだね、セラフィーナ」

 よく響く低い声は包容力を感じさせます。

 お父さまは人化すると、黒の光沢がある生地の貴族服を着た姿となります。

 黒地ですが七色に光って見える不思議な生地です。

 そこに様々なサイズと光沢を持つ黒のビーズや宝石を使った装飾がされています。

 地味なのか、派手なのか分かりません。

 ドラゴンとしても大きな体を持っているので、人化している時にも大きくて立派な体をしています。

 長い黒髪を後ろで1つに縛り、整った精悍な顔は若いのか年を取っていのかが分かりにくいです。

 お父さまは聖獣たちの人気者ですから、お父さまの横に立っているアガマも、私と一緒に入ってきたモゼルも、うっとりとお父さまを見上げています。

 私も割と綺麗系のドラゴンですよ?

 見慣れちゃいましたか?

 お父さまは、なぜか両腕を広げて少し屈んで私に笑顔を向けています。

 もしかして、腕の中に「お父さまぁ~」とか叫びながら飛び込んでくることを想定しているのでしょうか?

 冗談でしょう、お父さま。

 あなたの娘、もう118歳ですよ?

 私はドレスの両端を持つと、お父さまに向かってカーテシーをとりました。

「お久しぶりです、お父さま」

「はははっ。キチンと礼がとれるようになったのだね。あぁ、セラフィーナもすっかり大人になってしまった」

 お父さまは、男らしいキリッとした目元を緩めて、私を見ています。

 ちょっとだらしない表情と言えないこともありません。

 その顔は幼児に向けるものではないでしょうか、お父さま。

 ですが、久しぶりの再会なので許してあげましょう。

「ええ、私は大人ですの。魔族軍との争いも避けましたし、前魔王と人間の国の戦争も事前に阻止しました。なにより私、恋人ができましたの」

「なにっ⁉」

 お父さまが黒い瞳のはまった目を見開いています。

 私は余裕の笑みを浮かべてお父さまを見返します。

 いつまでも子ども扱いしてくるお父さまに、私はうんざりしているのです。

 一矢報いた心地の良い気分を味わっていると、横からアガマがお父さまに話しかけました。

「あぁ、旦那さま。お嬢さまも。久しぶりの再会に立ち話は無粋です。お席を用意いたしますので、腰を下ろしてゆっくりとお話されたらいかがですか?」

 すかさず提案してきたアガマは、私とお父さまの顔をキョロキョロと見比べています。

 当然ですね。

 キュオスティが来た時の騒ぎで傷付いた建物の修理が終わったところです。

 親子喧嘩で再び屋敷をメチャメチャにされたくはないでしょう。

「分かったわ、アガマ。お茶の支度をしてちょうだい」

「はい、承知しました。お嬢さま」

 モゼルが一礼して部屋を出ていきました。

 この屋敷は私の屋敷ですからね。

 もてなすのは私の役割です。

 お父さまに憧れる聖獣が多くても、私には私の面子がありますからね。

 窓の外には夕闇が下りてきています。

 お茶の支度ではなく、夕食の支度を指示したほうが良かったでしょうか。

 でも、いくら聖獣の仕事が早くても、魔王が襲来した後始末をした後に、イレギュラーなお父さまへの対応を素早く行うのは無理でしょう。

 ここは屋敷の主として、私が会話を盛り上げて時間を稼ぎますからね。

 貴方たちの納得がいくような夕食を用意してちょうだい。

 そんな気持ちを込めて、様子を窺いにきた料理長へ視線を送ります。

 アーロさまが屋敷見学をした際に、白い調理服の裾から黒くて太い尻尾を覗かせてしまった料理長ですが、料理の腕はよいのです。

 不器用なところがあるので、今も人化を解いた状態で大きな扉の向こうから、お父さまの姿をうっとりとして見ています。

 お父さまは漢が惚れるタイプの漢ですから、料理長の気持ちも分かりますが。

 貴方、失敗すると引きずるタイプでもありますよね?

 私は毎日美味しいものが食べたいですから、お父さまへのもてなしに失敗したことを引きずって、日々の料理をしくじるような状態を招きたくないのです。

 聖獣は器用なので、平常心の仕事は優秀です。

 ですが、ひとつの失敗を引きずると、途端に仕事のクオリティが下がります。

 それは避けたいです。

 お父さま如きのおもてなし失敗で、私の日常生活の質が下がるようなことになってはいけません。

 それはダメです。絶対。

 私と目のあった料理長が青い顔をして慌てて帰っていきました。

 いや、だから威嚇ではないですよ?

 それは違う……と説明する猶予も与えられない屋敷の主人というのは大変ですね。

 あとでアガマにでもフォローしておいてもらいましょう。

 などと思っている間にテーブルと椅子の準備が整いました。

 紅茶のよい香りもしてきます。

 お茶の支度を指示して、ここまでかかった時間は一、二分です。

 我が家の使用人たちは、とてもスピーディに動く優秀な聖獣たちなのです。

「お父さま。座ってお話ししましょうか」

 私が椅子を右手で示すと、お父さまは渋い表情を浮かべつつも頷きました。

 パタンと大きな音がして振り向くと、メイドの1人が倒れていました。

 お父さまがいくら素敵だからといって、しかめっ面程度で倒れていたら命が幾つあっても足りませんよ?

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