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第六十話 ご機嫌な帰途

 モゼルを背中に乗せて、私は一気に上空を目指します。

 高い所を飛んだほうが人間の目に触れにくいですし、なにより楽しいのです。

 アガマだと、ここで悲鳴が上がるところですが。

「あはは。お嬢さま、楽しいですぅ~!」

 モゼルは、スリリングな展開が嫌いではないので、大喜びです。

 楽しめているのなら良かったです。

 これからアーロさまの件などありますからね。

 気分よくしてもらっていたほうが、働いてもらいやすいでしょう。

 それにしても、アーロさまのほうから色っぽいお話をいただくなんて。

 なんて私はラッキーなのでしょう。

 ついつい、鼻歌が出てしまいます。

「お嬢さま、ご機嫌ですね」

「ええ、そうよ。私はいつだって、ご機嫌だもの」

 あっという間に王国を超えて、懐かしい切り立った山々が姿を現します。

 ここまで来たら私は自由です。

「モゼル、ここからは全速力で行くわよ」

「はい、お嬢さま。お供しますっ!」

 モゼルの返事を聞くか聞かないかのうちに、私はスピードを上げました。

 私の髭とたてがみが気持ちよくたなびいていくのを感じていると、モゼルの「最高っ!」という心地よい叫びが聞こえてきました。

 自分の力で飛んではいるけれど、自然に身を任せているような、不思議な一体感を感じながら体を撫でていく冷えて澄んだ空気を味わいます。

 心の底に淀んでいた怯えも風が運び去ってくれるようです。

 モゼルは「ヒャッハー」とか意味の分からないことを叫びながら、両腕を私の体から離します。

「こうしていると私も空を飛んでいるようですよ、お嬢さま!」

 ご機嫌ですね、モゼル。

 足だけで私の体に乗っています。

「もっとスピードを上げても大丈夫ですよ、お嬢さま!」

「そう? ならこっちもサービスするわ!」

 私は更なる上空を目指して飛びます。そしてそこから急降下です。

 螺旋状に体を回しながら降りていく私の背中で「キャー最高っ!」という声が響きます。

 ご機嫌ですね、モゼル。

 私もご機嫌ですよ。

 まだ夕焼けの時間にもなっていないので、急いで屋敷に戻る必要などありませんが、これならあっという間についてしまうでしょう。

 湖面ギリギリを飛んで水飛沫を上げながら飛ぶ私たちの後ろから虹が付いてきます。

 もっともっと遊んでいたいですけど。

「いつまでそうしているつもりですかっ。早く屋敷にお戻りください、お嬢さまっ!」

 アガマの大きな声が聞こえてきました。

 いつの間にか屋敷から見えるところまで帰ってきていたようです。

 私としては、もう少し遊びたいのですが。

 今日は色々とありましたからね。

 屋敷の者も、色々と気になっていることや聞きたいことがあるでしょうから、そろそろ帰宅した方がよさそうです。

 でも、もう1回くらいなら許されますよね。

 私は水面を大きく叩いてから、歓喜の声を上げるモゼルを背中に乗せて、急上昇しました。

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