「ちゃんとお話ししましょう、セラフィーナさま」
アーロさまに言われて、私はコクリと頷きました。
手を繋ぎ、二人並んで歩きます。
いつもはうるさいモゼルも、今のところは何も言ってきません。
「私はね、セラフィーナさま。あなたが『伝説の銀色ドラゴン』さまで、よかったと思っています」
「……」
私は唇をキュッと噛みました。
どう返したらよいのかを考えます。
ですが、どう言ったところで言い訳がましくなるような気がします。
私は言葉選びを諦めて、素直に話すことにしました。
「キチンとこちらからお話するべきでした。ですが、私もまさか自分が『伝説の銀色ドラゴン』さま、なんて呼ばれているとは思ってもいなかったので戸惑ってしまって……」
アーロさまが温かな笑みを浮かべてこちらを見ている気配がします。
私はバツが悪くて、ついつい足元に視線を落としてしまいました。
アーロさまが柔らかく問いかけます。
「セラフィーナさま以外にも、銀色のドラゴンさまはいらっしゃるのですか?」
「兄の1人が銀色ですが……こちらのほうには来たことはありません」
「なら『伝説の銀色ドラゴン』さまは、セラフィーナさまですね」
クスクス笑うアーロさま。
私は上目遣いでアーロさまの顔を盗み見します。
随分と朗らかな笑顔で気分を害しているようには見えません。
「黙っていたこと……怒っていないのですか?」
「怒っていませんよ。だって、セラフィーナさまは、自分のことだと気付いていなかったのでしょう」
「はい……」
優しく見守るようなアーロさまの笑顔に照れてしまって、私は俯いたまま顔を上げることができません。
手は繋いだままです。
アーロさまの左手に、私の右手が包まれています。
ギュッと私が握りしめたら、アーロさまの手はバッキバキに折れてしまうでしょう。
ドラゴンにとって人間は、とても脆い生き物です。
ですが、私の手を包むアーロさまの手は、とても安心感を与えてくれます。
不思議ですね。
「凄いなぁ。もう建物が見えてきましたよ。魔族の仕事は早いですね」
アーロさまが森のほうを指さして言いました。
王都側の森は切り開かれ、その奥に柱だけの建物が見えます。
さっきまで木が生い茂るばかりで何もなかった場所ですから、かなり手早く作業が進んでいるようです。
「魔族は元々体力がありますし、魔法も器用に使える者が多いですから、そのおかげでしょうね」
「そうなのですか。セラフィーナさまは、聖獣、でしたっけ?」
「ええ、そうです。私やモゼルは聖獣と呼ばれる種族です」
モゼルのほうをチラリと見ると、こちらに向かって軽く会釈をしました。
彼女の今の使命は、私たちのお目付け役といったところです。
「セラフィーナさま、よろしければ王都を見学していきませんか?」
「え?」
突然のお誘いに、私は困ってしまいました。
耳ざといモゼルが、こちらを睨んでいます。
「これでも一応、勇者の家系ですからね。それなりにおもてなしできます。よろしければ……屋敷のほうへいらっしゃいませんか?」
「よろしいのですか?」
「はい。歓迎しますよ。なにしろセラフィーナさまは、『伝説の銀色ドラゴン』さまなのですから」
アーロさまの言葉に、チリッと胸の奥が痛みます。
アーロさまにとっての私は『伝説の銀色ドラゴン』さまとしての価値しかないのでしょうか。
「それに私の愛しい人です。私の家族も、あなたに興味があると思いますよ」
ふふっと色っぽく笑うアーロさまに、私の頬は熱くなります。
アーロさまは、さりげなく私をときめかせる言葉を言ってしまうのです。
どうしましょう。胸がドキドキします。
きっと真っ赤になっているでしょう。
「私は、あなたと生きていきたい」
「……アーロさま……」
思わず見上げたアーロさまの顔は真っ赤で、視線は私の方ではなく、どこか余所へと向いていました。
アーロさまも照れているようです。
「私はただの人間で、『伝説の銀色ドラゴン』さまの配偶者にふさわしいとは言えません。ですが、あなたの側にいたいのです。できれば、私と……」
「アーロさま……」
その先に続く言葉は何ですか?
はっきり聞きたいけれど、聞くのが怖い気持ちもあります。
私の声は震え、体もプルプルと震えています。
アーロさまと繋いでいる手も震えていますが、震えているのは私の手だけではありません。
私は強いドラゴンで、ルーロさまのように庇護欲をそそるような存在ではないですし、人間でもありませんが、そんなことを蹴飛ばすくらいアーロさまには重要な存在ですか?
確かめたいけれど、答えが怖い。
あとモゼルの視線が痛いです。
てすが、アーロさまの側から離れたくない。
話の続きを聞きたいし、少しでも長く一緒にいたいです。
「でしたら私……」
アーロさまのお家へお邪魔します、と言うところをモゼルに邪魔されてしまいました。
「お嬢さま、今日は屋敷に戻るよう、アガマさまからきつく言われております」
「あっ……」
そうでした。今日は帰らなければなりません。
「それは残念です」
アーロさまが心の底から残念そうに言いました。
私も同感です。
「でも私は、ひとっ飛びで王都まで来られますから」
もう秘密はありません。彼が受け入れてくれるのなら、私にとってドラゴンであることは誇り以外のなにものでもありません。
「はい」
アーロさまは、私と視線を合わせるとニコッと笑いました。
素敵です。改めて見ても素敵です。
私はうっとりしてアーロさまに見惚れます。
ちょっとモゼルは不機嫌そうですが、そこは気にしていても仕方ありません。
私の人生も有限で、アーロさまの人生も有限。
アーロさまの人生は、おそらく私よりもかなり短いのです。
でもどちらも限りある時間であることには変わりありません。
それならば、精一杯楽しまなければ損です。
私は楽しむことに決めました。
モゼルは呆れたように私を見てましたが、溜息を1つ吐くと、アーロさまへと視線を移しました。
「私どもは帰りますけれど、アーロさま。アガマさまの見立てでは、お体に何か秘密があるようです。ですが詳細については不明なので、注意してくださいね」
モゼルに言われてアーロさまはコクンと頷きました。
素直に忠告に従うとか、可愛いですね。
流石は私の愛するアーロさまです。
「こちらでも調べてみますが、アーロさまもご家族に聞いてみてください」
「はい、そうします」
私の言葉にも素直に頷いています。
でもアーロさまは無茶をする男性ですから油断はできません。
「念のために、聖剣はアーロさまにお預けしておきますね。モゼル、出してくれるかしら?」
「はい、お嬢さま」
私は、モゼルから受け取った聖剣をアーロさまに渡しました。
「どうぞ、体にはくれぐれも注意してくださいませ」
「はい、ありがとうございます」
アーロさまは私から聖剣を受け取ると、少し緊張した面持ちで聞いてきます。
「あの……今後の連絡は、どのようにとればよいのでしょうか?」
そうですね。
私はひとっ飛びで王都に来られますが、アーロさまはそうもいきません。
「モゼル」
「はい、お嬢さま」
私が一声かけると、モゼルは口笛で小鳥を呼び寄せました。
青い小鳥です。
「この小鳥を連絡係にしましょう」
私が言うと、モゼルが小鳥に魔法をかけます。
連絡網を作るときには、小鳥に守護の魔法をかけて命を守り、代わりに連絡係を務めてもらうという契約を結ぶのです。
私も魔法は使えますが、力が強すぎて調整が難しく、生き物相手ではうっかり殺してしまいかねません。
せっかくアーロさまと良い雰囲気になったというのに、目の前で小鳥を殺すようなことになったら台無しですからね。
モゼルにやってもらったほうが安心です。
私はモゼルから手渡された小鳥を指先に乗せ、アーロさまに紹介します。
「アーロさま。呼べばこの子が来ますから、手紙を託してください」
「わかりました、セラフィーナさま。それにしても小鳥か……ふふ、可愛いなぁ」
アーロさまが小鳥を撫でながら、なにやら呟いています。
気に入っていただけてよかったです。
「では。そろそろ帰りましょう、お嬢さま。アガマさまが心配していますよ」
「そうね、モゼル。帰りはあなたが私に乗っていく?」
「はい、お嬢さま」
モゼルの目がキラキラしています。
アガマと違ってモゼルは私に乗るのが大好きなのです。
「では、アーロさま。また……」
「はい、セラフィーナさま。また会いましょう」
私はクルリと前転しながら人化を解いてドラゴンの姿へと変わります。
もうこの姿をアーロさまに見られることは、怖くありません。
その背中にモゼルを乗せ、アーロさまと別れを惜しみながら帰途へと着いたのでした。