私は、ちっとも怖くない方の問題から片付けることにしました。
「ちゃんと話をしてちょうだい、キュオスティ」
私は、2メートルを超える体を簡易な椅子に収めて座っているキュオスティを、キッと睨みました。
長い黒髪も、黒い二本の角も、私にとっては鬱陶しいと思えるだけで、ちっとも怖くはありません。
「何のことだ?」
赤くて薄い唇からこぼれる声も、ちょっと間抜けに聞こえます。
「貴方は私を迎えに来たというけれど、本当は人間に戦争を仕掛けようとしているのではなくて?」
「は? 人間?」
私の言葉に、キュオスティはキョトンとしています。
デカい体をちんまり縮めてこちらを見ているキュオスティは、間抜けに見えすぎて腹が立ちます。
「人間の国へ、魔族軍を送ったのでしょう?」
「そうだっ。我が国へ、魔族軍が向かっていると聞いているっ」
アーロさまも厳しい口調で言いました。
「は? なんのことだ?」
ですがキュオスティは、私とアーロさまに問い詰められてもキョトンとしたままです。
「
発言がイチイチ気持ち悪いです。
私はブルッと体を震わせた後、キツイ口調で問いかけます。
「魔族軍の別動隊が、人間の国へ向かっているでしょう?」
私が指摘しても、キュオスティは訳か分からないといった様子です。
「別動隊とは何のことだ? 魔族軍は、ここにいるが?」
キュオスティは魔族たちに向かって両手を広げた。
「えっ? どういうこと?」
私は首を傾げました。
「嘘だっ! 魔族は我が国へ向かって進軍しているっ!」
興奮したアーロさまが、テーブルをドンッと叩いて立ち上がりました。
しかし、体がフラリと揺れて倒れそうになりました。
「おっと危ない。アーロさま、まだ回復していないのですから、無理はしないでください」
アガマがアーロさまの体を受け止めました。
ついでに、治癒の魔法を追加でかけています。
先ほど治療を受けたアーロさまですが、魔力の消耗が激しくて体調が戻っていないのです。
聖剣の力で大きな怪我はしなかったようですが、魔力が尽きたら命も尽きるので危なかったです。
アーロさまに何かあったら、と思うと、自然に目が吊り上がってしまいます。
その目のままキュオスティを睨んでやります。
するとキュオスティはブルッと震えあがりました。
「本当のことをおっしゃいっ! 貴方が、人間の国へ魔族を派遣したのでしょう?」
「言いがかりだ。だいたい、魔族軍が人間の国へ戦争仕掛けて、どんなメリットがあると言うんだ」
キュオスティが嫌そうな顔をして言いました。
嘘をついている様子はありません。
どうもおかしいですね。
「お茶をどうぞ」
モゼルが、お茶を出してくれました。
ペパーミントの爽やかな香りがします。
「お嬢さまには、アイスティーを用意しました」
「ありがとう」
さっき火を吹いたから喉が渇いていたのよね。
私は冷たい紅茶を一口、いただきました。
爽やかな香りが口の中に広がります。
喉もスゥーと冷えて気持ちがいいです。
頭も冷えた所で、冷静に考えてみましょう。
「嘘を吐くな。魔族は、我が王国へと向かってきている。偵察の者は信頼が出来る人物だ。嘘をついているとは思えないし、見間違いということも考えられない。地を這う魔物や空を飛ぶ魔物の話も、ここにいる魔族を見れば正しいと分かる。それでも魔族軍が、王国を狙っていないと言えるのかっ⁉」
「んー。
まだ興奮気味のアーロさまに対して、キュオスティはカップを両手で持って、ミントティーをチビチビとすすっています。
お行儀のほうはともかく、嘘をついている様子もありません。
これは一体、どういうことでしょうか。
「数は、ここにいるほどでないにしても。人間にとっては、魔族1人でも相手にするのは大変なことだ。お前が我が王国に攻め入る気がないというのなら、アレの目的はなんなんだ?」
アーロさまはアガマの手で椅子に戻されながら、キュオスティに言いました。
「確かに、おかしいわね」
私は首を傾げました。
色々と腑に落ちないことがあります。
まずは、これです。
「ねぇ、キュオスティ。どうして貴方が新しい魔王になったの?」
キュオスティは、私とそう変わらない年齢のはずです。
魔族としては若いですし、特に強いとか、頭が良いようには見えません。
どんな理由があれば、キュオスティ如きが魔王になれるのでしょうか。
「あぁ、それは前魔王であるパグリア魔王が、行方不明になった娘のルーロ姫を探しに行ってしまい、魔王の座が空いたからだよ」
「……は⁉」
意味が分かりません。
それと魔王の交代と、どう繋がっているのでしょうか。
「ルーロ姫が行方不明になったので、偵察隊を使ってアチコチ探したのだが……見つからなくてな。今回のパグリア魔王は自分で娘を探しにいくと言ってきかなくて。それで退位することになった、というわけなのだ」
「なぜ? 娘さんが行方不明なら心配なのは当然だもの。探しに行かせてあげたらいいじゃない」
「いや、そうはいかない。魔王というものは、基本的には領地に居ないといけないのだ。期間未定で不在にするわけにはいかん。まぁ、
キュオスティの戯言を丸っと無視して、セラフィーナは聞いた。
「でも、魔王候補なら、他にもいたでしょう?」
「それはもちろんいたけれど、有力候補たちはパグリア魔王と一緒に、ルーロ姫を探しにいってしまったのだ。ゆえに若輩者ではあるが、
おや?
ルーロ姫は、どこへ行っちゃったのでしょうね?
そして前魔王は、いまどこにいるのでしょうね?