空はにわかに掻き曇り。
激しい雷鳴と共に鋭い光が、暗い空を背景にピカピカと光っては散っていきます。
それを背景にして、空中で停止飛行する銀色のドラゴン。
この光景は、神々しくも美しく、迫力に満ちたものでしょう。
ですが……恋する乙女としては、恋する相手にその表情を向けられるのは辛いですわ、アーロさま。
アーロさまは、呆然とした表情で私を見上げています。
彼の顔は小さいですが、ドラゴンの視力は良いのでハッキリと見えます。
目と口を大きく開き、私を凝視しているアーロさま。
驚きに見開かれた目からは、恐怖は感じられません。
ですが、明らかに『セラフィーナさま』を見る目とは違う表情が浮かんでいます。
その目に映っているのは『伝説の銀色ドラゴンさま』ですね。
辛いです、アーロさま。
ですが、私はこの争いを止めなくてはなりません。
私情はかなぐり捨てて、目の前の問題に立ち向かいましょう。
乙女の恋心を傷付けた罪は許しませんよ、キュオスティ!
「私の
ポカンとした魔族が、手からポロンと武器を落としました。
「セラフィーナ!」
キュオスティが、嬉しそうに叫んでいます。
ムカつきますね。
「セラフィーナさま?」
アーロさまが、小さな声で呆然と呟いています。
驚きに見開かれた目に、恐怖の色はないでしょうか?
小さな声に、嫌悪の色はないでしょうか?
もしそれらがあったのなら、隠して欲しいですアーロさま。
戸惑っているのでしょうけれど、恋する乙女には、ちょっとその反応はキツイです。
キュオスティとアーロさまの反応が逆だったら良かったのに。
私はちょっとだけ、そう思いましたが、今さらです。
事実を隠していたのですから、事実がバレてしまったときの反応なんて、こんなものでしょう。
私は唇を噛みます。
仕方ないのです。
後悔していても始まりません。
「争いを止めて、ケガ人の手当てをしてちょうだい。それからキュオスティ、話をしましょう」
「わかった」
キュオスティが承知したことを確認して、私は自室のベランダへと取って返しました。
シュルッルッとドラゴンの姿から人の姿へと変わります。
「お嬢さま……」
気遣わし気なモゼルの声がしました。
私はどのような表情を浮かべているのでしょうか。
自分のことですが、知りたくありません。
「大丈夫よ」
銀色の髪の儚げな乙女に見える人化した自分の姿は、お気に入りの姿です。
前髪のある長い銀髪に大きな目、ぷっしくりした小さ目の口、すっと鼻筋は通っているけれど高すぎない鼻。
鱗と同じ銀色の、体を締め付けない薄絹のドレスに、軽やかなサンダルの足元。
ドラゴンの姿の時に比べると、軽やかで可愛らしいこの姿でいることが、今は気が重いです。
アーロさまは、本来の私の姿を見て、どう思われたのでしょうか?
嘘をついていたことを、どう思われたのでしょうか?
それを知るのは気が進みませんが、庭に出れば、それを知ることになるでしょう。
「お嬢さま、お庭に席を作りました」
アガマが声をかけてきました。
「分かったわ。ケガ人の手当ては?」
「重傷者の手当ては済みました。軽症者の手当ても進めております」
「そう。引き続きお願いね」
私はアガマにそう言うと、長い階段を自分の足で降り始めました。