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第四十話 セラフィーナの一喝

「聖獣だぁー!」

「我々が魔族軍と知っての狼藉かっ⁉」

 魔族軍からの怒号が聞こえてきます。

 他人の敷地に来ているというのに、魔族というのは言うことがイチイチ図々しいです。

 魔族たちと聖獣たちは睨み合い、ジリジリと魔族たちが下がってはいますが、いかんせん数が違います。

 そもそも軍を率いているはずのキュオスティが呑気にアーロさまと戦っているのです。

 睨み合いで済むはずがありません。

「お前たちこそ、どういうつもりだ⁉ ここはドラゴンであるセラフィーナさまのお屋敷だぞ⁉」

 料理長が太い尻尾をドスンと地面にぶつけながら、荒々しく叫んでいます。

「セラフィーナさまに危害を与える者を、我々は許さないっ!」

 護衛団長も料理長の横で叫んでいます。

 今年の護衛団長は庭師のようです。

 屋敷の護衛団長は持ち回りなので、毎年変わります。

 もちろん一定レベル以上の実力の持ち主に限られますが、皆強いので順番の回ってくる者は二桁くらいはいます。

 毎年違う指揮官のもとで動くのは面倒ですが、トップが倒れたら総崩れとなるようなリスクは避けることができるので、柔軟に対応できるようにしているのです。

 実際、お当番制の護衛団長の方が、キュオスティよりも統率力がありますね。

 フォーメーションをとって屋敷の守りについている使用人たちに対し、魔族軍の方は、なんだかバラバラとしていて統一感がありません。

 その分、どう動くか分からない怖さはありますが、作戦のない戦いで戦力を活かすのは難しいでしょう。

 魔王って誰でも出来るんですねー、と棒読みしたくなります。

 状況を見定めている私の目の前で、魔族軍は騒いでいます。

「新魔王さまのお妃さまになるお方へ、危害を加えるわけがないだろうっ!」

「そうだ! そうだ! 我々は新魔王さまの婚約者をお迎えに上がっただけだ!」

 魔族軍が訳の分からないことを言っています。

 私とキュオスティは、婚約などしておりませんよ?

 そもそも、あの魔族と結婚する気など、私には毛頭ありません。

 なんですか図々しい。

 いくら私がお嬢さま育ちでも、自立したドラゴンですよ?

 自分の結婚相手くらい自分で決めますよ。ええ。

 結婚……でも結婚なんて、118歳の私には早いと思うのですけれど。

 どうせ結婚するのなら、その相手は……アーロさまがいいです。

「お嬢さま、もう少し下がっていてください」

 夢中になって覗き込んでいたら、ついつい前へ出てしまったようです。

 モゼルに叱られて、私はベランダの手すりから少しだけ下がります。

 魔族軍と聖獣たちの間には、ピリピリとした緊張感が満ちていて、今にも衝突が起きそうな雰囲気です。

 一度爆発してしまえば、血を見ずには終われないでしょう。

 どちらもキュオスティとアーロさまが戦っている場所は綺麗に避けながら、あちらこちらで睨み合っています。

 何ですか、この状態。

 婚約者を迎えに来たの、将来の妃だの言いながら、私の鼻先で戦いを繰り広げるつもりですか?

 暴力で伴侶を迎えようとは、ずいぶんと野蛮ですね。

 私は聖獣ですから、そのようなやり方には反対です。

 ましてや、自分の事となったら、かなりムカついています。

 動物だって求愛行動をとるものではありませんか。

 そして、失敗したら潔く引き下がるものですよ。

 私はキュオスティの申し出を断りましたよ?

 なぜスゴスゴと尻尾を巻いて帰っていってくれないのでしょうか。

 イライラします。

「セラフィーナさまは、私が守るっ!」

「何を言うっ! 生意気な人間めっ!」

 アーロさまとキュオスティの叫ぶ声がします。

 青白い光が飛んで、キュオスティの背後に回りました。

 ツーと赤い血が一筋、再びキュオスティの青白い頬を流れ落ちていきました。

「魔王さまっ!」

「キュオスティさまっ!」

 魔族から声が上がります。

「くそぉ、人間め……」

「こうなったら聖獣相手でも構わんっ! キュオスティさまを守れっ!」

 魔族と聖獣の均衡が崩れました。

 黒い影のような魔族と、トカゲの姿をした聖獣たちが入り乱れての戦いです。

 アーロさまとキュオスティが戦う場所を中心にして、あちらこちらで争いが始まってしまいました。

 魔族は強く数がいますが、聖獣も強いです。

 そうなると無傷というわけにはいきません。

 聖獣が魔法や物理攻撃で弱らせた魔族を、戦力の弱いメイドたちが、次から次へと魔封じの箱へと詰めていきます。

 魔封じの箱は小さいですが、数はあったはず。

 とはいえ、狭い敷地にはあっという間に魔封じの箱が積みあがっていきます。

「お嬢さまを守れー!」

「セラフィーナさまを守れー!」

 聖獣たちが叫んでいます。

 ですが、魔族も強いです。

 料理長は頭部を傷つけられて、流れる血を避けるように右目を閉じています。

「死ねぇ、人間っ!」

「うっ」

 キュオスティの振り下ろした杖が、薄くなった青白い光を超えてアーロさまの体に当たりました。

 刃先が当たったわけでもないのに、アーロさまは体制を崩して膝をつきます。

「アーロさまぁぁぁ!」

 私は思わず叫びました。

 自分が殴られるよりも痛い。

 私はこんな思いをしてまで、守られたいのでしょうか?

 使用人たちを傷つけてまで?

 アーロさまを傷つけてまで?

 私は、守られる存在でいたいのでしょうか?

 ……なんだか、腹が立ってきました。

 なんですか、この茶番。

「おっ……お嬢さま?」

 モゼルの怯えたような声がしますが、もう我慢の限界です。

 私はベランダの手すりをスルリと越えました。

 薄絹のドレスに包まれていた体は、みるみるうちに銀色の鱗に覆われたドラゴンの姿に変わっていきます。

 防護壁の外側は、争いが生む、鉄さびにも似た腐臭が鼻につきます。

 血の臭いが、私の中の怒りに火をつけました。

「いい加減にしてっ!」

 私の中から巨大な魔力の放出が起きて、雷がドーンと落ちました。

 この雰囲気から察するに、山が1つ吹き飛んだのではないでしょうか。

 口から飛び出た炎が、魔族で黒く染まっていた空をジュッと焼いたような気もします。

 でも、そんなことは知りません。

「いますぐ戦いを止めなさい!!!」

 気持ちのままに叫んだ私の声に合わせるように、激しい雷鳴が轟いたようですけれど知りません。

 私は、怒っているのです。

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