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第三十九話 聖獣参戦

 アーロさまと魔王の戦いのために空いていたスペースに、魔族軍がじりじりと迫っていきます。

 魔族は数が多いですし、魔法や特殊な体質を活用した変わった戦い方をする者が多いです。

 ですから、人間であるアーロさまにとっては、単体でも戦いにくい相手のはずです。

 それが集団でやってきたら、ひとたまりもないでしょう。

「このままでは、アーロさまが危険ですっ!」

 上から様子を窺っていたアガマが叫びました。

「では私が……」

「いえ、お嬢さまが出ていったら大事になってしまいますので隠れていてください。ここは我々がアーロさまに味方します」

「えっ?」

 戸惑う私をよそに、優秀な執事は指示を出し始めました。

「モゼルはお嬢さまを守ってくれ。わたくしは、戦闘に長けた者を連れて戦いに加わる」

「承知いたしました、アガマさま」

 頷いたモゼルが私の側に寄り添うのを確認すると、アガマは聖獣にだけ聞こえる甲高い声を上げて、仲間たちに呼びかけました。

 屋敷のなかで気配が動いていくのが分かります。

 魔族たちとアーロさまとの戦いに、聖獣たちも参戦です。

 ドサドサとした振動と音がベランダに立つ私の足元に伝わってきました。

 人化を解いた屋敷の戦闘要員たちがアガマのもとに集まってきたのです。

 円筒形の屋敷を回り込むように、大小の体が並んでいます。

 トカゲ系の聖獣が多いので、屋敷の外壁も地面と同じような扱いです。

 人化を解いたアガマが、ベランダの手すりに立つと号令をかけます。

「お嬢さまを守れっ!」

「「「おーーーっ!!!」

 地響きのするような声が上がっています。

 でも守るのが私というのが納得できませんね。

 私、美しい担当の銀色ドラゴンでありますが、強いですよ?

「ついでに、アーロさまも守れっ!」

「「「おーーーっ!!!」

 そこは逆でいいと思います。

 か弱い人間であるアーロさまを守ってください。

「アーロさまは良い方だからな」

「そうそう。我々の仕事ぶりも褒めてくださったし」

「何より、お嬢さまのお気に入りだ」

 そうです。

 私のお気に入りです。

 というかそれって既に、使用人たちの間で共有されている情報なのですか?

 キャー恥ずかしい。

 などと呑気に恥じらっている場合ではありません。

「聖獣だー」

「聖獣どもが来るぞぉー」

 アガマたちの様子に気付いた魔族軍が、ベランダを見上げて騒ぎ始めています。

 あまり良い傾向とは言えません。

 魔王も強いし、魔族軍も強いのは分かっています。

 聖獣といっても極端に強いわけではないので、厳しい戦いとなるでしょう。

「では行って参ります、お嬢さま」

「行ってらっしゃい。気を付けて」

 アガマが敬礼するように右手を額の辺りに当てて、ベランダから降りていきました。

 人化を解いていますから、むっちりボディのトカゲ姿です。

 後転するように落ちていったアガマは態勢を整えると、体を飛行形態に変えて飛んでいきました。

 他の戦闘要員たちも地上目指して移動していきます。

「お嬢さま。念のため、もう少し後ろに下がってください」 

「分かったわ、モゼル」

 私がベランダの手すりから手を離すと、モゼルは防護壁を立ち上げました。

 わらわらと湧く魔族たちで、空も地上も真っ黒です。

 アーロさまとキュオスティを取り巻く魔族たちも、ジリジリと間合いを詰めています。

 聖剣から発せられる青白い光は、どんどん弱くなっていきますし、アーロさまの表情も疲労のせいで苦しげです。

 どうすれば、この騒ぎから安全にアーロさまを守ることができるのでしょうか?

 魔族軍の作る真っ黒な闇を眺めながら私は考えます。

 聖獣であるアガマたちは、傷つくことはあっても、死ぬことはありません。

 再生能力に長けていますし、治癒の魔法が使える者はアガマ以外にもいるからです。

 本当の緊急事態となれば、魔法収納庫を経由して本宅に逃げることも可能ではありますが。

 魔道具の収納を前提に作ってありますから、生き物にとっては危険があります。

 魔族は簡単に死にますが、領地内に再生の木があり、殺しても殺しても再び産まれてくるのです。

 だから面倒な存在なのですが、こちらにはソレに対抗する魔道具があります。

「後方部隊に魔封じの箱は、配置してあるのかしら?」

「その点は日頃の訓練でしっかり行っているのでバッチリです」

 モゼルは得意げな表情を浮かべて言いました。

 聖剣によってジュッと消滅した魔族は、早ければもう魔族の領地で再び生を得ているかもしれません。

 再生を繰り返されても延々と終わらない戦いに疲弊してしまいますから、私たちは魔封じの箱を持っています。

「戦争をするつもりなんてないから、小さな魔封じの箱しかないけれど……パッと見たところでは、それで足りそうね」

「はい、お嬢さま。数は多いですが、魔力が一番大きいのは、キュオスティさまなので……」

「そうね」

 キュオスティに『さま』付けするのは気になりますが、モゼルの立場では、それも仕方ありません。

 アレでも一応、魔王らしいですからね。

 それにしてもパッと見渡したところ、魔族軍には戦慣れした手練れらしき者の姿がないようなので、気になります。

 キュオスティは新しい魔王ですけれど、魔族の伝統としては、前魔王の部下も配下に収めるのが普通だったと記憶していますが、変わったのでしょうか。

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