アーロさまは聖剣に魔力を吸われながら、新魔王であるキュオスティに向かっていきます。
「魔族めっ!」
「人間めっ!」
互いに互いを罵りながら、武器と武器とがぶつかり合います。
カキーンという高い音に飛び散る青い光。
人間としては大きなアーロさまも、魔族であるキュオスティと向き合えば小さく見えます。
筋肉はたっぷりあるアーロさまですが、いかんせん顔が小さいのです。
輝く金髪、整った女顔、煌めく青い瞳。
美しくも小さな顔のアーロさまと、立派な角まで含めると妙に間延びして見える顔のキュオスティでは、縮尺が間違って見えます。
「アーロさまは、魔王相手に力負けしていない様子ですね」
「そうね、モゼル。人間も鍛えたら、魔族並みの力が得られるのかしら?」
「いや、そういうわけではないと思いますよ」
アガマが眉間にシワを寄せて言いました。
どういう意味でしょうか。
「アーロさまの治療をしたときに、封印を傷つけた、というお話はしましたよね?」
「そういえば、そんな話があったわね」
「アーロさまは……。純粋な人間では、ないのかもしれません」
「え⁉」
アガマが不思議なことを言いました。
封印というから、呪いか何かの話かと思っていましたが、違うのでしょうか。
「ちょっと変わった封印でしたし、聖剣を発動させたり、魔王と互角に戦っている辺りを見ると……普通の人間ではなく、祖先に別の種族の血が入っているかもしれません」
「別の種族?」
「はい。別の種族です。聖獣ではありませんし、魔族でもありません。それは分かるのですが、どの種族かまでは分かりかねます……あぁ。強いですね、アーロさま」
アガマが感心したように言いました。
キュオスティの武器がアーロさまの攻撃をかわしながら頬の辺りをかすっていきましたが、青白い光が弾いたので無傷です。
悔しそうにキュオスティが舌打ちをしているところへ、アーロさまが再び聖剣で切り込んでいきます。
アーロさまは、動きも素早いですし、狙いも的確です。
対して、キュオスティは、大きな体で力任せに杖を振り回しています。
彼は物理攻撃よりも、魔法攻撃の方が得意なのかもしれません。
アーロさまは、キュオスティの攻撃をかわしては攻め、かわしては攻めを繰り返しています。
「あの剣は重いはずなのに……」
私の部屋に剣を飾る時に手伝ってくれたモゼルが呟いています。
あの剣が重い?
そうでしたか?
私は何も感じませんでしたが。
人化した時にはサイズがあまり変わらない私とモゼルですが、元の姿は違いますので、感じ方が違うのかもしれません。
「アーロさまは楽に振り回してますね。わたくしも、あの剣は気になって触ってみたことがありますが。重かったですよ?」
アガマも重かったと言っていますね。
重さの感じ方は色々です。
「しかも魔力を吸われながら振り回しているようですから、よく体が持ちますね」
「若いからですかね」
アガマとモゼルが、ベランダから覗き込んで感心しています。
アーロさまとキュオスティの戦いは、それなりに激しいのですが。
周りは皆、こんな感じです。
魔族たちは、新魔王のお手並み拝見、とばかりに大人しく戦いを眺めています。
動きとしては、聖剣から発せられている青白い光が時折飛んでくるので、それを避けるくらいです。
魔族たちは、驚くほど大人しく静かに観戦しています。
私たちとしても、魔族たちが動かないので様子見です。
ハラハラしながら見ている私は、「アーロさまを助けにいくべきではないかしら?」などと言ってみたりするのですが、アガマに止められているのです。
「お止めください、お嬢さま。我々が介入すれば、余計に混乱を招きます。全面戦争にするおつもりですか?」
「んー……でもぉ……」
私としても可憐な銀色ドラゴンですから、戦いに自信があるわけではありません。
とはいえ、アーロさまが傷つけられるのを大人しく見ているのも嫌です。
気のせいか、アーロさまの顔色がどんどん青白くなっているように見えます。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
なのに、アーロさまは威勢の良い叫びと共に、キュオスティの懐へと切り込んでいくのです。
健気です。
圧倒的な力の差があるでしょうに、諦めるつもりはないアーロさま。
人間から見たらキュオスティの容姿すら怖いでしょうに、負けることなく立ち向かう精神力の強さに私の胸はキュンキュンします。
困難に立ち向かい、それを乗り越えるために努力をし続けた者の持つ力強さが、たいした努力をせずとも力を得ている私には眩しいです。
信念の為に戦っているアーロさま。
その信念のなかに、私を守ることも含まれているかと思うと、よりキュンキュンします。
だからって、いつまでもこのキュンキュンする気持ちを味わって楽しんでいる場合ではありません。
などと思っている間に、戦況が突然変わりました。
「……っ」
意外なことに、血を最初に流したのはキュオスティです。
聖剣が魔王の頬をギュンと音を立ててかすります。
次の瞬間、キュオスティの青白い頬を赤い血が一筋、流れていきました。
途端に魔族軍が騒ぎ出しました。
「魔王がっ! 新魔王が、傷つけられたぞ」
「新魔王がっ!」
「魔王さまがっ!」
「人間如きに傷つけられたっ!」
「生意気な人間めっ!」
「人間を倒せっ!」
見学を決め込んでいた魔族軍が、殺気立っていきます。
そのタイミングで、アーロさまがグラリと体を揺らしました。
「ああ、いけない! アーロさまの魔力が尽きかけていますっ!」
「ええっ⁉」
アガマの指摘に、私はアーロさまを改めて見ました。
執事の言う通り、青白い魔法の光が淡く淡くなっていて、いまにも消えてしまいそうです。
青白い光が弱まっていきます。
アーロさまはピンチに陥ってしまいました。
もうっ、お父さまっ!
アーロさまに何かあったら、お父さまのせいですからねっ!