アーロさまを取り囲んでいる魔族たちは、彼が持つ剣から伸びる青白い光を呆然と見つめています。
アーロさま自身も、自分の持つ剣の異変に気付いたようです。
手元に剣を寄せて、マジマジと見つめています。
天に向かって伸びていた青白い光の筋が、魔族で真っ黒になっていた空の方向へと伸びていきました。
ジュッという大きな音がして、辺りに嫌な臭いが漂います。
どうやら聖剣の光で、魔族が幾人か焼け落ちたようです。
それに気付いた魔族たちが、青白い光を避けるようにアチラへコチラへと逃げ惑っています。
魔族が逃げたり、焼け落ちたりしているので、青白い光が伸びる先だけには青空が覗いています。
「お嬢さま……聖剣って凄いですね」
モゼルが呟くように言っています。
そうです、聖剣は凄いのです。
噂は聞いていましたが、アレがそうでしたか、そうですか。
聖剣の破壊力は物凄くて、魔王ですら真っ2つにできるという話ですからね。
だから危険物として厳重に封印してある、という話でしたのに。
なぜあんな簡単に持ち出せるような場所に置いておいたんですか、お父さま。
「クッ……卑怯なヤツめっ! 聖剣など持ち出して!」
なにやらキュオスティが、アーロさまに文句を言っているようですが。
ダメですよ、そんなことを言ったら。
アーロさまは、聖剣の存在すら知りません。
「聖剣? これが伝説の、聖剣?」
訂正します。
存在はご存じだったようです。
人間も知っているような有名武具を、なぜあんなところにポンと置いておくのですか、お父さま?
「白々しいっ! 知っていて、我ら魔族に
いえ、キュオスティ。
聖剣持ってるくらいで生意気も、生意気でないもありませんよ。
剣なんて誰だって持ってますし、それが聖剣かどうかなんて分かる者は少数派でしょう。
だからそれは全て、あんなところに聖剣を置いたお父さまが悪いのです。
断じて私が迂闊に部屋へと飾ったせいではありません。
「聖剣ならば、人間である私でも魔王に勝てる可能性があるということか」
アーロさまが聖剣を構えなおしました。
すると青白い光は天に向かって伸びることをやめ、アーロさまの体にまとわりつきはじめました。
やがて全身を覆って、アーロさまそのものが青白く発光しています。
美しいです、カッコいいです。
なんでしょうか、これは。
「それで身を守れるとでも思っているのかっ! 人間如きがっ、魔王を甘くみるなっ!」
キュオスティの言葉を聞いて、私はアガマに問いかけます。
「あの青白い光って、防護魔法か何かなのかしら?」
「ええ、そのようです。お嬢さま」
「そうなのね」
私はちょっとだけ安心しました。
アーロさまは、生成りのシャツと茶色のズボンにブーツと、普段着の状態です。
何を着ていてもアーロさまは素敵ですげと、普段着に防御力はありません。
それなのに魔族の真ん中に出ていってしまって、とても心配でしたけれど。
聖剣から防護がかかるのであれば安心です。
後は、どの程度の防護魔法なのか、が問題ですね。
「ですが……わたくしの使う防護魔法には、遠く及びませんねぇ。あぁ……アレは、剣を持っている本人の魔力を使うタイプのようです」
「えっ⁉ 大丈夫なの⁉」
私は驚いてアガマに聞きました。
アーロさまは、人間です。
もともと人間が持っている魔力は少ないですし、アーロさまご自身も魔法は得意でないようでしたよ?
アガマは鑑定するように目を大きく開くと、ベランダから身を乗り出してマジマジと聖剣を見ています。
99階からなので離れていますが、聖獣は感覚が優れているので、このくらいなら大丈夫なのです。
「わたしくの見立てでは、聖剣にも魔力は宿っているようですが。足りなくなったら、使い手の魔力を吸収して補充するタイプの武器に見えます」
「私も、アガマさまと同じ意見です」
アガマと私の間から下を覗いていたモゼルも、聖剣を見ながら眉間にしわを寄せて難しい顔をしています。
「待って、二人とも待って。それでは、アーロさまは……」
「はい、お嬢さま。アーロさまは、魔力を聖剣に吸われている状態です」
それは大変です。
「人間の魔力なんて、吸うほどあるものなの?」
私は慌てて聞きました。
「いえ、人間の持つ魔力は微量です」
「そうよね、モゼル。それではこのままだと、アーロさまの体が持たないわ」
「普通は、そうでしょうね。でも……」
アガマが意味深に言葉を濁しながら、下の方を指さします。
私とモゼルは、その方向に視線をやります。
そこには、青白い光を放ちながら聖剣を振るうアーロさまの姿がありました。
「どうやらアーロさまは、割と体力がおありになるタイプのようですね」
「……そうね」
時折、銀色に光る聖剣を右に左にと振り回しながら、アーロさまはキュオスティに向かっていきます。
金色の髪がなびいて煌めき、真剣な青い目でキュオスティを見ています。
黒い髪がひと房、風に流されていきました。
「クソッ! 人間の癖に生意気なっ!」
なんとしてもアーロさまを生意気な人間扱いしたいキュオスティは、先に銀色の鎌のような刃物が付いた黒い杖を振り上げています。
キュオスティは頭に黒くて大きな角が二本ありますし、身長も二メートルは超える魔族です。
それに魔法が使えて膨大な魔力を持っています。
だから鍛錬をサボったのでしょう。
武器を扱う動きに、いまいちキレがありません。
長いマントには刺繍やら、コードやらで過剰に装飾が入っています。
邪魔なんじゃないですかね、あのマント。
「ちょろちょろしないで、我の手にかかって散れ!」
「そうはいくかっ! 邪悪な魔族め。私が成敗してくれるっ」
キュオスティの黒い杖を、キリッとした表情をしたアーロさまが聖剣で受けます。
カーンと高い音がして、青い火花が散りました。
ああっアーロさま、カッコいいですっ!!!