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第三十七話 聖剣

 アーロさまを取り囲んでいる魔族たちは、彼が持つ剣から伸びる青白い光を呆然と見つめています。

 アーロさま自身も、自分の持つ剣の異変に気付いたようです。

 手元に剣を寄せて、マジマジと見つめています。

 天に向かって伸びていた青白い光の筋が、魔族で真っ黒になっていた空の方向へと伸びていきました。

 ジュッという大きな音がして、辺りに嫌な臭いが漂います。

 どうやら聖剣の光で、魔族が幾人か焼け落ちたようです。

 それに気付いた魔族たちが、青白い光を避けるようにアチラへコチラへと逃げ惑っています。

 魔族が逃げたり、焼け落ちたりしているので、青白い光が伸びる先だけには青空が覗いています。

「お嬢さま……聖剣って凄いですね」

 モゼルが呟くように言っています。

 そうです、聖剣は凄いのです。

 噂は聞いていましたが、アレがそうでしたか、そうですか。

 聖剣の破壊力は物凄くて、魔王ですら真っ2つにできるという話ですからね。

 だから危険物として厳重に封印してある、という話でしたのに。

 なぜあんな簡単に持ち出せるような場所に置いておいたんですか、お父さま。

「クッ……卑怯なヤツめっ! 聖剣など持ち出して!」

 なにやらキュオスティが、アーロさまに文句を言っているようですが。

 ダメですよ、そんなことを言ったら。

 アーロさまは、聖剣の存在すら知りません。

「聖剣? これが伝説の、聖剣?」

 訂正します。

 存在はご存じだったようです。

 人間も知っているような有名武具を、なぜあんなところにポンと置いておくのですか、お父さま?

「白々しいっ! 知っていて、我ら魔族に聖剣それの切っ先を向けているのであろう? 人間如きが生意気なっ!」

 いえ、キュオスティ。

 聖剣持ってるくらいで生意気も、生意気でないもありませんよ。

 剣なんて誰だって持ってますし、それが聖剣かどうかなんて分かる者は少数派でしょう。

 だからそれは全て、あんなところに聖剣を置いたお父さまが悪いのです。

 断じて私が迂闊に部屋へと飾ったせいではありません。

「聖剣ならば、人間である私でも魔王に勝てる可能性があるということか」

 アーロさまが聖剣を構えなおしました。

 すると青白い光は天に向かって伸びることをやめ、アーロさまの体にまとわりつきはじめました。

 やがて全身を覆って、アーロさまそのものが青白く発光しています。

 美しいです、カッコいいです。

 なんでしょうか、これは。

「それで身を守れるとでも思っているのかっ! 人間如きがっ、魔王を甘くみるなっ!」

 キュオスティの言葉を聞いて、私はアガマに問いかけます。

「あの青白い光って、防護魔法か何かなのかしら?」

「ええ、そのようです。お嬢さま」

「そうなのね」

 私はちょっとだけ安心しました。

 アーロさまは、生成りのシャツと茶色のズボンにブーツと、普段着の状態です。

 何を着ていてもアーロさまは素敵ですげと、普段着に防御力はありません。

 それなのに魔族の真ん中に出ていってしまって、とても心配でしたけれど。

 聖剣から防護がかかるのであれば安心です。

 後は、どの程度の防護魔法なのか、が問題ですね。

「ですが……わたくしの使う防護魔法には、遠く及びませんねぇ。あぁ……アレは、剣を持っている本人の魔力を使うタイプのようです」

「えっ⁉ 大丈夫なの⁉」

 私は驚いてアガマに聞きました。

 アーロさまは、人間です。

 もともと人間が持っている魔力は少ないですし、アーロさまご自身も魔法は得意でないようでしたよ?

 アガマは鑑定するように目を大きく開くと、ベランダから身を乗り出してマジマジと聖剣を見ています。

 99階からなので離れていますが、聖獣は感覚が優れているので、このくらいなら大丈夫なのです。

「わたしくの見立てでは、聖剣にも魔力は宿っているようですが。足りなくなったら、使い手の魔力を吸収して補充するタイプの武器に見えます」

「私も、アガマさまと同じ意見です」

 アガマと私の間から下を覗いていたモゼルも、聖剣を見ながら眉間にしわを寄せて難しい顔をしています。

「待って、二人とも待って。それでは、アーロさまは……」

「はい、お嬢さま。アーロさまは、魔力を聖剣に吸われている状態です」

 それは大変です。

「人間の魔力なんて、吸うほどあるものなの?」

 私は慌てて聞きました。

「いえ、人間の持つ魔力は微量です」

「そうよね、モゼル。それではこのままだと、アーロさまの体が持たないわ」

「普通は、そうでしょうね。でも……」

 アガマが意味深に言葉を濁しながら、下の方を指さします。

 私とモゼルは、その方向に視線をやります。

 そこには、青白い光を放ちながら聖剣を振るうアーロさまの姿がありました。

「どうやらアーロさまは、割と体力がおありになるタイプのようですね」

「……そうね」

 時折、銀色に光る聖剣を右に左にと振り回しながら、アーロさまはキュオスティに向かっていきます。

 金色の髪がなびいて煌めき、真剣な青い目でキュオスティを見ています。

 黒い髪がひと房、風に流されていきました。

「クソッ! 人間の癖に生意気なっ!」

 なんとしてもアーロさまを生意気な人間扱いしたいキュオスティは、先に銀色の鎌のような刃物が付いた黒い杖を振り上げています。

 キュオスティは頭に黒くて大きな角が二本ありますし、身長も二メートルは超える魔族です。

 それに魔法が使えて膨大な魔力を持っています。

 だから鍛錬をサボったのでしょう。

 武器を扱う動きに、いまいちキレがありません。

 長いマントには刺繍やら、コードやらで過剰に装飾が入っています。

 邪魔なんじゃないですかね、あのマント。

「ちょろちょろしないで、我の手にかかって散れ!」

「そうはいくかっ! 邪悪な魔族め。私が成敗してくれるっ」

 キュオスティの黒い杖を、キリッとした表情をしたアーロさまが聖剣で受けます。

 カーンと高い音がして、青い火花が散りました。

 ああっアーロさま、カッコいいですっ!!!


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