「セラフィーナ! 魔王の地位を得た
魔王を名乗る男が、庭から叫んでいるのが聞こえます。
ですが何の話なのか、私にはさっぱり分かりません。
「お知り合いですか? お嬢さま」
「魔王に知り合いなんていないわよ、アガマ。何の話か分からないわ」
魔族の知り合い? 魔族、魔族……はて?
魔族との交流がないわけでもありませんが、思い当たる節はありません。
「んー……顔を見たら思い出すかも」
私はベランダへと続く大きな硝子扉に手をかけました。
「やめてください、お嬢さま! 危ないですよ!」
モゼルが叫びます。
魔法も使える凄腕聖獣なのに、動揺しすぎだと思います。
「大丈夫よ、モゼル。私に害をなすために来たわけでもなさそうだし」
「いえ、お嬢さま。害の種類は様々あるのですよ!」
モゼルが私の手をガッと掴んで止めてきます。
害の種類って何でしょうね?
暴力には暴力、という基本的な交流方法は知っていますが、害の種類はピンときません。
「そうですよ、お嬢さま。お嬢さまが攫われでもしたら、わたくしどもはどうすればよいのか……」
攫われる? この私が?
アガマが、おかしなことを言い出しました。まぁアガマは、いつもだいたいおかしいですけれど。
「あぁ! セラフィーナさまが、こんな場所に幽閉されていたのは、あの男から隠すためですか⁉」
窓から下を覗いたアーロさまも、おかしなことを言い出しましたよ?
そもそも私は幽閉などされておりません。
なんだか分からないことが多すぎてモヤモヤします。
この混乱を招いた元凶は、キュオスティですよね。
それでは元凶に説明してもらいましょうか。
私はバーンと扉を開いてベランダへと出ました。
お嬢さまっ! とか、セラフィーナさま! とか、私を呼ぶ声が聞こえるような気がしますが知りません。
警護も、同情も、結構です。
自分の問題は自分で解決します。
私は強い風に煽られながらもベランダに辿り着き、手すりを握ると庭を見下ろしました。
魔族が群れをなして、緑の芝生を真っ黒に染めています。
その先頭でコチラを見上げている男に向かって、私は叫びました。
「セラフィーナは私です、魔王さま!」
「おお、セラフィーナ! なんと美しい。さすが
「誰が許嫁ですってっ⁉」
私は驚いて叫びました。
初耳です。
許嫁がいるなんて、お父さまから聞いたことはありませんよ。
そもそも私はピッチピチの118歳なので、結婚なんて早いと思います。
私の叫びをどう勘違いしたのか、新魔王は得意げな表情を浮かべて私を見上げています。
「113年ぶりだから、
自称許嫁の新魔王は、黒いマントに身を包んでいる大男です。デカいです。
長い黒髪も、黒いマントも、風になびいていますが、立派な二本の角を持つ本人は微動だにしません。
美しく整った顔をしていますから、美しく立派に育った、という点に関しては事実なのでしょう。
ですが、結婚の約束をした相手がいた覚えなどありません。
そもそも、113年ぶりと言うことは、当時の私は五歳です。
なんですか、五歳児と結婚の約束って。
お父さまから、そんな話を聞いた覚えもありませんし。
私は全く身に覚えのないことです。
赤い瞳が真っすぐに私を見ていますが、特に心は動きません。
ですが、キュオスティという名には覚えがあります。
本人を見て思い出しました。
キュオスティは、父親そっくりに育ったようです。
「久しぶり過ぎて忘れていたわ。確かあなたは、お父さまである宰相さまと一緒に我が家へいらした男の子ね?」
キュオスティは嬉しそうな顔をしてコクコクと頷いています。
聖獣と魔族の会議についてきた幼い男の子だったようです。
昔のこと過ぎて、ついさっきまで存在ごと忘れていました。
「あなたと会ったことはあるけれど、婚約を結んだ、なんて話は聞いてないわ」
「ふふん。それはそうであろう。
誰にも言わなかったら、婚約とか成立しようがないでしょうに。
よくも許嫁とか言えたわね。
アーロさまに誤解されたら、どうしてくれるのよっ! まったくもうっ。
「だったら、私があなたの許嫁であるはずかないでしょ⁉」
「
「許すも許さないも、了解するどころか聞いてもいないことを、事実みたいに言わないでくださいっ! 名誉棄損よっ!」
なんで私が魔王の妻にならなきゃいけないの!
これでも一応、聖獣なんですからねっ。
魔族の妻になんて、ならないわよっ!
イライラする私の横に、中から飛び出てきたアーロさまが飛び出してきました。
「セラフィーナさまが否定されているではないかっ。大人しく帰れっ!」
「アーロさま……」
私の為に、アーロさまが叫んでいます。
魔王なんて、脆弱な人間からしたら怖くてたまらないでしょうに。
私の為に、頑張って叫んでくれています。
嬉しいです、アーロさま。
「お前のせいでセラフィーナさまは、こんな場所に閉じ込められていんだろう⁉ 化け物から守るためとはいえ、うら若き美しき乙女を、こんな危険な場所に……」
なにやらアーロさまの中では、私を巡る物語が出来上がっているようですが。
それは違いますからね?
「お前などに、セラフィーナさまを連れていかせはしないっ」
キャー、アーロさま、嬉しいです。
「人間如きが
あなたのセラフィーナになんて、なった覚えはなくってよ、キュオスティ。
「私は、そんなことはしないっ! セラフィーナさまの意思を尊重するだけだっ」
塔の上と下で魔王とアーロさまがにらみ合っています。
「セラフィーナは
魔王が勝手なことを叫んでいます。
そんなだから魔族は、嫌われるんですよ。
私は絶対に、あなたなんかのものには、なりませんからねっ。