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第三十二話 魔族軍襲来

「魔族軍よっ!」

 私の叫びに、使用人たちは素早く反応します。

 庭に設えられていたテーブルなどは、サッと屋敷の中に片付けられました。

 代わりに奥から運ばれてきたのは、防御のための防護壁を作る道具です。

「お嬢さまたちは、屋敷の中へ!」

 アガマが叫びます。

 ここは素直に従って逃げるべきでしょう。

「わかったわ。アーロさまも、早く中へ」

「あっ……ああ」

 戦士であるアーロさまは、湧き上がる雲のような闇を見て一瞬迷ったようですが、私の提案に素直に従うことにしたようです。

 それがいいです、アーロさま。

 人間が単身で魔族軍と正面から戦おうなんて、正気の沙汰ではありませんからね。

 撤退も戦術のうちです。

「上層階の方が安全です。ゴンドラにお乗りください。私が運びます」

 モゼルが叫んでゴンドラへと誘導しました。

 私とアーロさま、アガマが乗り込むと、モゼルは急いでゴンドラを操って屋敷の上層階を目指します。

「急ぎますので、しっかりつかまっていて下さいっ」

 モゼルは宣言通り、下りてきた時とは違って、猛スピードでレールの上を上がっていきました。

 アーロさまの悲鳴とアガマの悲鳴が妙なハーモニーを奏でるのを聞きながら、ゴンドラは屋上に到着しました。

「さぁ、早く屋内へ」

 私は叫びながら空を見上げます。

 真っ黒な闇は、すぐそばまで迫っています。

 近付くにつれて強まる風。

 魔道具で弱めているはずなのに、風に煽られて屋敷ごと飛んでしまいそうです。

 庭で稼働を始めた防御用の魔道具が、あと少しで防御壁を作ってくれることでしょう。

 逃げ出すよりも屋敷の中のほうが安全です。

「私の部屋へ行きましょう」

「そうですね、お嬢さま。そこから旦那さまへ連絡を入れましょう」

「ええ、そのつもりよ」

 私とモゼルは叫ぶように話しながら、アガマとアーロさまの背中を押して屋内を目指します。

 屋内に入ると、モゼルが封鎖の魔法をかけます。

 これで魔族が簡単に屋内へ入ってくることはできなくなりました。

「さぁ、早くいきましょう。私の部屋なら守りがしっかりしていますし、魔道具もありますから」

「はい、わかりました」

 音を立てて階段を下りながら説明する私に、アーロさまは頷きました。

 一同が私の部屋の中へと入ると、モゼルはここの扉にも封鎖の魔法をかけます。

 私の部屋は安全に作られていますし、いざとなったら私は戦えますから、そこまでする必要があるのかは分かりませんが。

 無用な戦いは、なるべくなら避けたいという気持ちがあります。

「本当に魔族軍が戦いを仕掛けてくるなんて」

 あの黒さは、まさに魔族軍。

 殺気立っていて冷酷な、本気の魔族軍です。

 あそこまで魔族を怒らせるなんて、人間は魔族に何をしたのでしょうか。

 私はブルッと震えました。

「ああ、セラフィーナさま。怯えていらっしゃる。私は銀色ドラゴンさまを探しに来ただけなのに、貴女を巻き込んでしまったのでしょうか?」

「いえ、そんな……」

 巻き込まれたのでしょうか?

 魔族が聖獣の住処であるココを避けていく可能性は、まだありますけれど。

 私は窓から外を覗いてみました。

 真っ黒な雲は、ココを目指して湧き上がってくるようです。

 魔族軍を避けられそうにありません。

「どうしましょう、お嬢さま」

 アガマが心配そうな表情を浮かべて、私の顔と窓の外を何度も見ています。

 いざとなれば戦えますが、政治的な問題を考えたら勝手に動くわけにもいきません。

「アガマはお父さまに連絡をとって、指示を仰いでちょうだい。モゼルは魔法で防御をお願いするわ」

「「はい」」

 忠実な使用人たちは返事をすると、それぞれの持ち場へ就きました。

 私の部屋には、いくつか魔道具が持ち込まれています。

 普段は部屋にある作り付けのクローゼットの中にありますが、使えそうなものを引っ張り出さなければなりません。

 アガマは緊急通信用の魔道具を引っ張り出して、本宅のお父さまと連絡をつけようとしています。

「あぁ、ダメです。お嬢さま。旦那さまはお留守だそうで」

「もうっ、お父さまってば、こんな時にっ!」

 父親って肝心な時に役に立たないものですよね。

 干渉はしてくるのに、いざとなるとタイミングが合わないというか、なんというか。

 今はそんなことに構っている場合でありませんね。

 魔族軍をどうするのか、それを考えなければいけません。

「どうしましょう、お嬢さま」

 アガマが指示を仰いできます。

 いざという時には、戦うしかないでしょう。

 政治の問題など気になる点はありますが、危険が迫れば対応するしかありません。

 使用人たちはそれなりに強いですし、魔道具もあります。

 私はドラゴンとしては貧弱ですが、戦おうと思えばどうにか……。

「いざとなったら私が打って出ます」

 アーロさまが力強く言いました。

 でも、アーロさま。

 魔族軍は、ケルベロスよりも遥かに強いですよ?

「ああぁ。魔族軍が来ましたよ、お嬢さま」

 窓の外を見ていたモゼルが、珍しく取り乱した声をだしました。

 外は昼間だというのに真っ黒な闇が迫ってきています。

 闇の正体は魔族。

 地を埋め尽くし、空を黒く染めながら進軍してきているのです。

 ゴーゴーという不気味な音も響いてきました。

 近い。

 魔族にとって切り立った険しい山も、障害にはならないのです。

 垂直な崖も影のように難なく登ってこれますし、空を飛べる羽のある魔族もいます。

 魔法を使える者も多いですから、力任せに打ち倒せる相手でもありません。

「どうしましょう、お嬢さま」

 窓のすぐ側に立っていたモゼルが、たじろぐように一歩後ろへ下がりました。

 私たちの身動きを封じるように緊張が走ります。

 そこに聞き覚えの全く無い声が、大きく響きました。

「セラフィーナ、私だ! キュオスティだ! 新しい魔王に就任したから約束通り迎えにきたぞ!」

 ……ん?

 キュオスティ?

 名前は聞いたことあるような気がします。

 でも約束とは?

 何の話でしょうか?

 そもそも私には、魔王の知り合いなどいないはずですけど?

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