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第三十一話 アーロさまのドラゴンさまに対する熱い想い

 熱くなってしまった私のために、モゼルが冷たい水を持ってきてくれました。

 ジュッと音がするほど冷えたので、相当熱くなっていたようです。

 危ない、危ない。

 私はドラゴンですから、熱くなりすぎると炎を吐いてしまうかもしれません。

 アレってクシャミと似た所があるから、自分で止められない時もあるのですよ。

 さすがモゼル。危機対処はバッチリです。

「私のことよりも、アーロさまのことを聞きたいですわ」

 私は気を取り直してアーロさまに話しかけました。

「私のこと、ですか?」

「ええ。アーロさまこそ単身で、こんな辺鄙な場所にいらしたではないですか。だから事情を詳しく知りたい、と思っても不思議ではないでしょう?」

 だいたいのところは聞きましたが、なぜお1人でいらしたのか分かりませんからね。

「んー……どこまで話したでしょうか? 魔族軍が迫っている、という話はしましたよね?」

「はい、伺いました」

 そういえば、お父さまへ問い合わせたのだけれど、どうなったかしら?

 お父さまもすっとぼけた方ですからね。

 魔族軍の襲撃に遭っても、こちらで対処はできますが。

 下手に戦って、後から怒られても困ります。

 外交って難しいですよね。

「我が王国は、魔族軍の襲撃に備え、軍の体制を整えています。しかし、人間の軍が魔族の軍に敵うと思いますか? 相手は化け物ですよ? 私は全く歯が立たないと思っています」

「そうですね……」

 私は昔、人間に攻撃されたときのことを思い返してみました。

 人間って、群れになって攻撃を仕掛けてくるじゃないですか。

 そこについては、ワンチャンあると思うのですよ。

 でも、総じて戦力は……確かに足りませんね。

 私が戦ったのは昔のことですが、そこからさして進化しているとは思えません。

 今もあの程度の戦力だとしたら、魔族軍にとっては瞬殺です。

「ですから私は、伝説の銀色ドラゴンさまを頼ろう、と皆に提案したのです」

「まぁ」

 伝説の銀色ドラゴンさま。

 それは多分、というか絶対に私のことなのですが。

 自覚は全くありませんけどね。

 それにですね。

 そもそも知らない人間がいきなり現れて、そんなお願いされとしても、力になりますと即答できるかどうか。

 だって銀色ドラゴン側だって事情があると思うのですよ。

 魔族と聖獣との間にだって、政治的な問題とか色々とありますしね。

 世界は人間が考えるよりも複雑なのです。

 でも今は、そんなことを考えている場合ではないですね。

「しかし王国で私の言うことを、まともに受け止めてくれる者などいませんでした。それどころか。銀色ドラゴンさま、などという生き物は伝説の生き物だ。いるかどうかも分からない生き物に、国の大事を託すわけにもいかない。どうしても探しに行きたいというのなら、お前1人で行ってこい、と言われてしまいまして」

「まぁ!」

 いやいやいやいや。

 銀色ドラゴンの存在を疑ってもいいですけど。

 この地域の危険性は、無視していいことではないでしょう?

 国の大事だというのなら、アーロさまを1人で送り出したらダメだと思います。

 アーロさまは美しいだけでなく、人間としては強いのではなくて?

 ということは、貴重な戦力ですよね?

 え? 違うの? どうなの?

「というわけで単身、私は銀色ドラゴンさまを探しに出たのです。1人で山の中を銀色ドラゴンさまを探し回り、疲れ果てたところを魔獣に襲われてしまって……助けていただけてよかったです。そのままでしたら、銀色ドラゴンさまとお会いする前に、死んでいましたよね、私」

 ハッハッハッと爽やかに笑うアーロさま。

 爽やかすぎて不憫です。

 要は、思想強すぎて母国から切られたのでは?

 私の中には、そんな疑惑がよぎります。

「ですけれど。銀色ドラゴンさまが、本当にいるとは限りませんよね?」

「それはよく言われますが……私には分かるのです。銀色ドラゴンさまはいます。そして、私たちを助けてくださいます」

 思想強-い。

 アーロさまは、青い瞳をキラキラさせて希望に満ちた表情を浮かべていますが、たとえ銀色ドラゴンがいたとしても、必ずしも助けてくれるとは限らないのですよー。

 ここに銀色ドラゴンは、いますけどねー。

 アーロさまのお願いだったら、聞いちゃうと思いますけどねー。

「太陽の日差しを受けてキラキラと光る銀色ドラゴンさまが、バザァと王国の空に舞い降りて、魔族軍を打ち負かす。なんて正義に満ちて美しい光景。私はそれが見たいのですっ」

「そっ……そうなんですね……」

 アーロさまが熱く語りだしましたよ。

 どうしましょう。

 アーロさまにとって、伝説の銀色ドラゴンさまは、ヒーローなのです。

 あぁ、私、そのご期待に応えることができるでしょうか。

 ……アガマとモゼルの視線が痛いです。

 ご期待に応えるのは、ちょっと無理みたいなのですが、アーロさま。

「住処はこのあたりで合っていると思うのですが……セラフィーナさま。どこかで銀色ドラゴンさまを見かけたことはありませんか?」

「えっ? えーと……」

 その辺のことについては、お答えしかねるのですが。

 どうしましょうか。

 いっそバラしちゃいます?

 私はアーロさまの味方ですよ?

 それは絶対です。

「チラッとでもよいのです。どこかで気配を感じたことがあるのなら、私が探しにいきますので。いくら銀色ドラゴンさまが隠れて暮らしているといっても、住処がこれだけ近ければ何かしらの目撃談とかあると思うのですが。どうでしょうか?」

「んん~?」

 でもですね。

 聖獣と魔族間の政治的な問題へと発展すると、私はお父さまに叱られてしまうのですよ。

 アガマとモゼルの賛同も得られそうにありませんし。

 私自身は、協力することについては異存はないのですが。

「何か些細なことでもよいのですが。知っていることはございますか? セラフィーナさま」

 えーと、えーと。どうしましょう。

 私がまごまごしていると、さっきまで晴れ渡って明るかった空が、サッと曇ってきました。

「お嬢さまっ! あちらの空が真っ黒ですっ」

 驚いてモゼルが指さす方向を見ると、確かに真っ黒です。

 墨一色で塗りつぶしたような空の色。

 嵐でしょうか?

 いえ、これは明らかに異常です。

 空が光を失えば、そこに続く空間も暗く闇に沈みます。

 闇に落ちたような真っ黒な空間が、モゾモゾと動きながら少しずつこちらに向かって近付いています。

 なんてことでしょう。

 この不気味で冷たい気配は、魔族軍です。

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