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第三十話 アーロさまと楽しい昼食

 私とアーロさまの間には微妙な空気が漂い、後ろでアガマが笑っているような気配がする中、モゼルが昼食の準備が整ったことを伝えにきました。

 踵を返した私たちは一分も歩かずに、テーブルを設置した場所に辿り着きました。

 昼食はサンドイッチがメインのようで、白いテーブルクロスの上にはサンドイッチがたっぷりと乗ったプレートが置かれていました。

 他にもフルーツを盛った籠やら、前菜の盛りつけられた丸い皿、スープの入ったカップなどが並んでいて、カラフルな花なども飾られています。

 美味しそうな匂いがしますし、美味しいのは分かっていますが、見栄えも大切です。

 メイドたちのセンスがよいと、日々の満足度が上がります。

 お客さまがいらしたときには、自慢できますしね。

 アーロさまは勧められるまま椅子に腰を下ろし、私はその横の席に座りました。

 椅子の間に立っているアガマが、横目で睨んでいるような気がしますが、知ったことではありません。

 私は気付かないふりをして、アガマの向こうに見えるアーロさまへ笑顔を向けました。

 アーロさまの目が輝いています。

「美味しそうですね」

「ええ。たっぷり用意させましたから、遠慮なくどうぞ」

「では遠慮なくいただきます」

 三角形に切りそろえられた薄い白パンで作られたサンドイッチは、金で縁取られた白いプレートの上に、とても綺麗に並んでいます。

 卵のペーストや薄切りのキュウリなどが薄いパンにはさまっています。

 小さな三角のサンドイッチって、可愛いですよね。

 美味しいですし。

 白いプレートには、サンドイッチをより魅力的に見せようとでもするように、パセリやプチトマトなども綺麗に配置されています。

 私はパセリが嫌いなので食べませんが、見栄えという点においては効果的です。

 魅力的なサンドイッチを、香り高い紅茶と共にいただきます。

「こんな場所なのに、キュウリとかもあるのですね」

 アーロさまが手に取ったサンドイッチを見ながら、感心したように言いました。

 褒めてもらえると嬉しいですよね。

「魔法収納庫がありますから」

「へぇー凄いなぁ、魔道具って。このキュウリ、シャキシャキじゃないですか」

 私の説明に、アーロさまがびっくりしています。

 まぁ、嘘ではないです。

 鮮度キープ系の魔法を使っているわけではありませんが、本宅側で食材をドンドン補充してくれるので、毎日のように新鮮なものをいただくことができます。

 アーロさまには、言えませんけどね。

 聖獣は沢山食べますし、大所帯なので、食材を運んでくるのは難しいのです。

 でも鮮度キープできる魔道具もあるのではないでしょうか。

 モゼルにでも聞いてみようかしら。

「今日のサンドイッチも美味しいわ」

「それはようございましたね、お嬢さま。さぁ、丸鶏のローストも出来上がったようです。どうですか?」

 アガマが私の前に、丸鶏のローストを差し出しました。

 美味しそうに焼けています。

「食べるから、適当に盛り付けてちょうだい」

「承知しました」

 丸鶏のローストにアガマがナイフを入れるのを見て、私はアーロさまに声をかけました。

「アーロさまもいかがですか?」

「……あ、はい。いただきます」

 なんとなくアーロさまは、唖然とした表情をされているような気がしますが。

 私の気のせいでしょうか。

 人間と聖獣では文化が違うかもしれません。

 その辺は、僻地育ちの田舎者令嬢なので、ということにして適当に誤魔化すことにしましょう。

 切り分けてもらった鶏肉を、ナイフとフォークを使って上品にいただきます。

 普段から、そうしていますので。

 手掴みでかぶりつくとか、そんなことはしていませんよ。信じてください。

 皿に盛られた鶏肉を食べ終わると、アガマが素早くお代わりの載った皿と取り替えてくれました。

 サンドイッチを食べることも忘れません。

 スープに前菜も間に挟み、時々、紅茶も口に運びます。

 もちろん、アーロさまとのお話も忘れませんよ。

 でもなんだか、アーロさまの様子が変です。

「あの……いつもこんなに食べるのですか?」

 サンドイッチの載った新しいプレートが運ばれてきたタイミングで、アーロさまが遠慮がちに言いました。

 あら、いけない。人間の淑女は、こんなに沢山食べたりしないのかしら?

 でも、まだお代わりは5回目ですよ?

 普通以下だと思います。

「今日は特別に気分がよいので」

 ちょっと嘘をついてみました。

「そうなのですか……」

 アーロさまは、びっくりした表情を浮かべて私を見ています。

 アガマの肩が震えているのは、笑っているせいですね。

 もうっ、確かに私は沢山食べるほうですけど。ここで笑うのは失礼ですよ、アガマ。

「お嬢さまは沢山食べないと、倒れてしまわれるのですよ、アーロさま」

 モゼルがさりげなくフォローを入れてくれました。

 そうです。私は沢山食べる必要があるのです。

 私が倒れてしまったら、アーロさまが万が一、敷地の端から落っこちてしまったときに救出へ向かえないですからね。

 それはダメです。

「そうなのですか。それは大変ですね。ならば、食べないと」

 アーロさまが、慌てた様子で言いました。

「お気遣い、ありがとうございます」

 気を使わせてしまったようですから、しっかり食べておこうと思います。

「お嬢さま、丸鶏のローストのお代わりをお持ちしましょうか?」

「ええ、そうね。アーロさまも食べますでしょ?」

 アーロさまは、一瞬ポカンとしてから、慌てた様子でコクコクと頷きました。

 パクパク食べる私を、アーロさまが見ています。

 少し微妙な雰囲気です。

 なにか失敗してしまったのでしょうか。

 気まずい雰囲気になってしまいましたが、アーロさまが気を使って話題を振ってくれました。

「セラフィーナさまは、ここへはどうやって来られたのですか?」

 ああ、移動手段のことですね。

 えーと、打ち合わせをしたのでしたが。どうだったかしら?

「魔道具の乗り物があって……」

 私は、しどろもどろになりながら説明しました。

 見かねたアガマが助け舟を出します。

「お嬢さまは、幼い時にこちらへ来られましたので、よく覚えていらっしゃらないのですよ」

「あ、そうなのですか」

「ええ、そうなの」

 アーロさまは、コクコクと頷いています。

 どうやら納得してくださったようで、よかったです。

「私が来た時には荷物が多かったはずなので、大掛かりだったと思うのですが。その頃のことは、ほとんど覚えていないのです」

「そうですか」

 アーロさまは、ウーンとうなりながら何か考えているようです。

「セラフィーナさま、ご家族は?」

「母は亡くなっていて、兄弟はおりません。父は本国におります」

 なぜ家族のことなど聞かれたのかしら、と不思議に思っていると、アーロさまは言い出しにくそうに口を開きました。

「そんな幼いときに、こんな場所へ……目的は、静養のためでしょうか?」

「あら、静養が必要なように見えますか?」

 びっくりして、質問に質問で返してしまいました。

「いえ、そんな風には見えないので。こんな儚げで美しい若いご令嬢が、こんな辺鄙な場所で暮らしておられる理由が気になってしまいました」

 あら、美しい、ですって?

 私、突然褒められてしまいました。

 あっ、顔が熱い。熱いです。

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