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第二十九話 アーロさまと楽しいお庭散策

「昼食のお仕度が整うまで、お散歩でもなさったらいかがですか?」

 モゼルの提案で、私はアーロさまと散歩をすることにしました。

「そうね。狭い敷地ですけど、ご案内しますわ」

「よろしくお願いします」

 横に並んだアーロさまを見上げて誘えば、笑顔で応じてくださいました。

 私はうっとりとして、差し出されたアーロさまの腕に手を預けます。

 これは実質デートですよね?

 なぜかアガマが後ろからピッタリとくっついてくるのが気になりますが、敷地は狭いので迷子になったりしませんよ?

 私はアーロさまの美しい顔を見上げながら、歩き慣れた庭を散歩します。

 見慣れた場所が、いつもとは違う輝きを放っているように見えるのは、春が来たというだけではないはずです。

 特別な気分を少しでも長く味わいたくて、私はゆっくりゆっくり歩きます。

 そんな私にアーロさまは歩くスピードを合わせてくれるのです。

 優しいですね。

「敷地はしっかりと平らなのですね」

 アーロさまが、足元をトントンと踏みながら言いました。

「ええ。高い場所は風が強いですから、土台をしっかり固めるために、平らなほうがいいですからね」

 嘘です。

 土台をしっかりさせたいなら、もともと山にある岩の出っ張りとかも活用して、ガッツリ密着させながら建てたほうが、山との一体感があって丈夫で頑丈になります。

 でも、平らなところに長い塔が建っていたほうが可愛いかなぁ~、と思ってしまったので。

 私がしっかり平らにしちゃったのです。うふ。

 だからって、建物が脆弱ということはないですからね。

 使用人たちが壁を這いながら隅から隅までしっかり手を入れていますし、魔法や魔道具も使っているので丈夫です。

 そもそも丈夫でなかったら、百年もこんな山の中に建っていられません。

 ここには普段から風が強く吹き付けていますし、嵐も来ます。

 強い風雨にさらされても大丈夫なように作りました。

 それにトカゲ系の聖獣にとっては、壁を這うのは階段を上り下りするのと同じなので、日頃からチェックは万全。

 メンテナンスも完璧なのです。

「芝生の手入れもよいですね」

「ありがとうございます。庭師のこだわりなのです」

 芝生の上でゴロゴロするのって、気持ちいいですからね。

 使用人たちも休憩時間にゴロゴロしています。

「こちらの立派な木はもとから生えていたのですか?」

「ええ。よい目印になるでしょ?」

「そうですね」

 敷地には、端の方に一本だけ見事な大木があります。

 このあたりの山頂は切り立っている禿山が多いので、この木は目立つのです。

 もちろん力の調整が苦手な私に、木を一本だけ残すなんて器用な真似はできません。

 平らにしたあと、他の山から手ごろな大木を探して移しました。

 アーロさまには、言えませんけどね。

「花もたくさん咲いていて、綺麗ですね」

「ありがとうございます。庭師が気を使ってくれているのです」

 私は芝生と木があれば充分なのですが、庭師は「お嬢さまがいるのだから華やかにしますよ」と言いながら花を増やしてくれました。

 山頂で風も強いので、花といっても背の低い地味なものが多いですけど。

 花は花ですからね。

 白や黄色の小ぶりな花も、数が揃えば華やかです。

「山頂では気温の変化も激しくて、植物を育てるのは大変でしょうに。これだけ管理が行き届いているなんて、有能な庭師なのでしょうね」

「ええ、優秀な庭師なのです」

 もちろん、魔法も使えます。

 岩だらけの山が連なる中で、この山だけ条件が違う、なんてわけがないですからね。

 同じように厳しい気象にさらされながら、よい状態で植物を育てるには、やっぱり魔法でしょう。

 庭師の技術のみだとしても、こんなに綺麗な状態を保てるなら、もはや魔法と言っていいと思います。

「もう敷地の端ですね」

「ええ。狭いでしょう?」

 アーロさまが少し残念そうに言いました。

 私もちょっぴり残念です。

 山頂をちょっと削り過ぎたので、他の山に比べたら広めの敷地ですが、やっぱり狭いです。

 あっという間に敷地の端に来てしまいました。

 お散歩というには、あまりに短いです。

 せっかくアーロさまとデート気分を味わえるというのに、これでは短すぎですね。

 こんなことなら、もう少し削って高台くらいの広さを確保しておけばよかったです。

 歩いて半日くらいの広さの高台は、作れたことでしょう。

 でもそうしてしまうと、他の山に比べて、ここはだいぶ低くなってしまいます。

 ああ、そうです。日当たりのことを考えて、この高さにしたのだった。

 私が立ち止まって昔の記憶を引っ張り出している横で、 アーロさまは敷地の端から下のほうを覗き込みました。

「うわぁ……」

 小さく呻くような声を上げて腰を引いたアーロさまの白い肌が、どんどんと青くなっていきます。

 何故でしょうね? 確かにココは高いですけれど。

 あの山まで来たアーロさまにとっては、想定内の高さだと思います。

「こんな場所に、閉じ込められているなんて……若い令嬢の待遇としては、あまりに残酷な……」

 遠くの山を見たり、下を覗き込んだりしながら、アーロさまはブツブツと呟いてらっしゃいます。

 こちらを振り向いたアーロさまの青い瞳には、深い同情の色が浮かんでいるような気がしますけれど、私の気のせいでしょうか。

 私はココで、楽しく生きていますよ?

 解せませんね。


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