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第二十八話 アーロさまは使用人たちにも大人気

 地面をブーツの底でトントンと踏みしめているアーロさまは、安心したようで嬉しそうに笑っています。

「移動手段ひとつとっても、ここでの暮らしは大変そうですね」

「慣れてしまえば、そうでもありません」

 アーロさまにとっては、ゴンドラも刺激が強かったようです。

 私が人化を解いて直接運ぶのと、ゴンドラ。どちらのほうが刺激が少ないでしょうか。

 ゴンドラよりもドラゴンの方が圧倒的に早いですけどね。

 一瞬で済むから、かえって楽かもしれませんよ。

 もっとも人化を解いた時のアーロさまの反応が怖いので、試してみる勇気はありませんけどね。

 アーロさまは、後からゴンドラを下りてきたアガマに向き直りました。

「アガマ。分かりやすい説明をありがとう」

「いえ、どういたしまして」

 アーロさまは、礼儀正しくアガマにお礼を言っています。

 アガマの反応は、ちょっと慇懃無礼な感じがしますが、アーロさまが気にしている様子はありません。

 世の中には、少しでも失礼な態度を取られていると感じただけで、怒りだす方もいらっしゃいますのに。

 アーロさまは、美しいだけでなくて寛容なのです。

 素敵ですね。

 もちろんアーロさまは、モゼルにも声をかけました。

「モゼル。あなたは素晴らしい魔法の使い手ですね。丁寧なゴンドラの扱いで、感心しました。ありがとう」

「どういたしまして、アーロさま」

 モゼルは嬉しそうに言うと、綺麗に一礼して見せました。

 我が家のメイド服は布をたっぷり使っているので、スカートの両端をちょこんとつまんで一礼すると、とても美しく、可愛らしいのです。

 モゼルは機嫌よく言いました。

「せっかくですから、庭にテーブルをセッティングして昼食を摂られたらいかがですか?」

「そうね、モゼル。そうしようかしら」

 私が頷くと、優秀なメイドは、その場にいた他の使用人たちに目配せをしました。

 すると、どこからともなくテーブルや椅子が現れて、みるみるうちに準備が整っていきます。

「ああ、なんてテキパキと気持ちよく動く人たちなのでしょう。見事に統率がとれていて。下手な軍よりも手強そうだ」

 アーロさまが、感嘆の声を上げています。

 確かに彼らは下手な軍よりも、ずっと強いです。

 しかも気が利きます。

 頭が良くて腕力もあれば、強いに決まってます。

 アガマが奥の方に声をかけると、白地に小さな赤いイチゴの刺繍のされたテーブルクロスが出てきました。

 レースやリボンの飾りもついた、私のお気に入りです。

 アガマはアーロさまが気に入らないようですが、仕事はキチンとしています。

 用意されたテーブルの上に、サッとテーブルクロスが敷かれると一気に雰囲気が華やかになりました。

「有能な使用人ばかりで、セラフィーナさまも鼻が高いでしょう」

「まぁ、お上手。ほほっ」

 アーロさまは、褒め上手のようです。

 人間であるアーロさまからの評価は、聖獣にとってはさして意味がないようにも思えます。

 ですが、使用人たちの様子をみると満更でもないようです。

 ここは立地が悪いですからお客さまも少なくて、彼らは褒められ慣れしていないというのも一因でしょうけれど。

 褒められて嫌な気分になるのは、相当特殊な状況ですからね。

 それにアーロさまの褒め言葉は、スッと胸に入ってくる感じがします。

 アガマは彼に懐疑的な視線を投げていますが、他の使用人たちの反応は違いました。

 随所で使用人たちを褒め称えるアーロさまを見る使用人たちの目が、彼への好感に染まっていきます。

 なんでしょう。男女問わず、彼を見る目がキラキラしています。

 でもアーロさまは、私のモノですからね。

 あなたたちには、あげませんよ?

 ……あら嫌だ。

 アーロさまは物ではないのだから、あげるあげないの話にしてしまうのはおかしいですよね。

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