地面をブーツの底でトントンと踏みしめているアーロさまは、安心したようで嬉しそうに笑っています。
「移動手段ひとつとっても、ここでの暮らしは大変そうですね」
「慣れてしまえば、そうでもありません」
アーロさまにとっては、ゴンドラも刺激が強かったようです。
私が人化を解いて直接運ぶのと、ゴンドラ。どちらのほうが刺激が少ないでしょうか。
ゴンドラよりもドラゴンの方が圧倒的に早いですけどね。
一瞬で済むから、かえって楽かもしれませんよ。
もっとも人化を解いた時のアーロさまの反応が怖いので、試してみる勇気はありませんけどね。
アーロさまは、後からゴンドラを下りてきたアガマに向き直りました。
「アガマ。分かりやすい説明をありがとう」
「いえ、どういたしまして」
アーロさまは、礼儀正しくアガマにお礼を言っています。
アガマの反応は、ちょっと慇懃無礼な感じがしますが、アーロさまが気にしている様子はありません。
世の中には、少しでも失礼な態度を取られていると感じただけで、怒りだす方もいらっしゃいますのに。
アーロさまは、美しいだけでなくて寛容なのです。
素敵ですね。
もちろんアーロさまは、モゼルにも声をかけました。
「モゼル。あなたは素晴らしい魔法の使い手ですね。丁寧なゴンドラの扱いで、感心しました。ありがとう」
「どういたしまして、アーロさま」
モゼルは嬉しそうに言うと、綺麗に一礼して見せました。
我が家のメイド服は布をたっぷり使っているので、スカートの両端をちょこんとつまんで一礼すると、とても美しく、可愛らしいのです。
モゼルは機嫌よく言いました。
「せっかくですから、庭にテーブルをセッティングして昼食を摂られたらいかがですか?」
「そうね、モゼル。そうしようかしら」
私が頷くと、優秀なメイドは、その場にいた他の使用人たちに目配せをしました。
すると、どこからともなくテーブルや椅子が現れて、みるみるうちに準備が整っていきます。
「ああ、なんてテキパキと気持ちよく動く人たちなのでしょう。見事に統率がとれていて。下手な軍よりも手強そうだ」
アーロさまが、感嘆の声を上げています。
確かに彼らは下手な軍よりも、ずっと強いです。
しかも気が利きます。
頭が良くて腕力もあれば、強いに決まってます。
アガマが奥の方に声をかけると、白地に小さな赤いイチゴの刺繍のされたテーブルクロスが出てきました。
レースやリボンの飾りもついた、私のお気に入りです。
アガマはアーロさまが気に入らないようですが、仕事はキチンとしています。
用意されたテーブルの上に、サッとテーブルクロスが敷かれると一気に雰囲気が華やかになりました。
「有能な使用人ばかりで、セラフィーナさまも鼻が高いでしょう」
「まぁ、お上手。ほほっ」
アーロさまは、褒め上手のようです。
人間であるアーロさまからの評価は、聖獣にとってはさして意味がないようにも思えます。
ですが、使用人たちの様子をみると満更でもないようです。
ここは立地が悪いですからお客さまも少なくて、彼らは褒められ慣れしていないというのも一因でしょうけれど。
褒められて嫌な気分になるのは、相当特殊な状況ですからね。
それにアーロさまの褒め言葉は、スッと胸に入ってくる感じがします。
アガマは彼に懐疑的な視線を投げていますが、他の使用人たちの反応は違いました。
随所で使用人たちを褒め称えるアーロさまを見る使用人たちの目が、彼への好感に染まっていきます。
なんでしょう。男女問わず、彼を見る目がキラキラしています。
でもアーロさまは、私のモノですからね。
あなたたちには、あげませんよ?
……あら嫌だ。
アーロさまは物ではないのだから、あげるあげないの話にしてしまうのはおかしいですよね。