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第二十五話 アーロさまと楽しい屋敷見学

 爽やかな朝が来ました。

 昨日はアガマたちと、アーロさまの屋敷見学に備えて準備を整えましたので、疲れましたが。

 あちらこちらボロが出ないように工夫したので、大丈夫だと思います。きっと大丈夫です。

 自信はありませんが、春の緩んだ空気に包まれた私はリラックスモードです。

 朝食を摂り、身支度を整えた私は、アーロさまのいる客室へと向かいます。

「アーロさま。おはようございます」

 私は客室へ出向き、アーロさまに告げました。

 自然と表情が緩んでしまいます。

 アガマがわざとらしくゴホンと咳をしているので、だらしない表情になってしまっているのでしょう。

 令嬢らしくはないかもしれませんが、アーロさまに好意が伝わっているならオッケーです。

 アーロさまからの好意も欲しいところですが、そこはいきなり欲張りません。

 口元がムズムズとしてしまいます。

「おはようございます、セラフィーナさま」

 笑顔のアーロさまは、輝くばかりに美しく、全身から溢れるオーラは逞しくて頼りたくなります。

 昨日は窓からチラリと見えた姿も怪我人っぽく少し弱っているように見えましたが、今日のアーロさまは健康的です。

「お元気そうで何よりです」

「昨日も治癒魔法をかけてもらいましたからね。見た目もだいぶマシになったと思います」

 見た目は以前から美しくて素敵でしたが、今は本来の健康さも加わっていて、より素敵ですよ、アーロさま。

 今日は寝巻のような恰好ではなく、普段着とはいえ貫頭衣とズボンと外に出られるような服装だからでしょうか。

 生成りのシャツと茶色のズボンは、リラックスしているもののキチンと感もあって素敵です。

 足元はブーツです。

 魔法収納庫をゴソゴソして、私が見つけたものです。

 似合っていますし、サイズもあっているようでよかったわ。

 今日は長い金髪にも、しっかりと櫛が入っているようでキラキラのサラサラです。

 窓から入ってくる日差しを受けて輝く青い瞳が、私を見ています。

 照れますね。キャッ。

 顔が小さすぎて逞しい体との縮尺がおかしいですが、スッと立った姿は彫刻にしたくなるほど逞しい上に美しいです。

 繊細さと力強さの両立って、尊いですよね。私は大好きです。

「ゴホン。お嬢さま」

 アガマが私を促すように声をかけてきました。

 そうですね、アーロさまにうっとりと見惚れていては時間がいくらあっても足りません。

 だって、見飽きませんから。

 私は笑顔を浮かべてアーロさまに話しかけます。

「今日はお約束した通り、屋敷のなかをご案内しますね」 

「はい。よろしくお願いします、セラフィーナさま」

 アーロさまが、剣を携えようとしたところをモゼルが見咎めました。

「武器をお持ちになる必要はございません。屋敷内は安全ですので」

「ええ、モゼルの言う通りですわ。侵入者が易々と入り込める場所ではありませんので、ご安心ください」

「あ、癖で……」

 私の言葉に、アーロさまがバツの悪そうな顔をしました。

 そんな表情も素敵です、アーロさま。

 私は、少し恥ずかしそうな表情のアーロさまと一緒に階段を上がって屋上を目指します。

「外からゴンドラに乗ってご案内しますね」

 思わずフフフと笑いが漏れてしまいます。私は上機嫌です。

 ちょっとアガマに睨まれましたが知りません。

 今日はとてもよい日です。

「あぁ、気持ちいいですね」

 屋上に出たアーロさまは、いかにも気持ちよさそうな表情を浮かべて風にあたっています。

「フフフ。このあたりは風が強いですから、飛ばされないようにお気をつけて」

「ハハッ。そうですね。それにしても……お世話になっている間に、すっかり春だ」

 アーロさまは、首をグルリと巡らせて周囲を見ています。

「見事に山頂しか見えない。随分と高い場所ですね」

「ええ。邪魔になるようなものがなくて、スッキリしていますでしょ」

 ここなら私が吹き飛ばすようなものがないから、というのが場所選びの理由ですからね。

 何もないです。

「わぁ……高さもありますね」

 アーロさまは庭のほうを見下ろして感嘆の声を上げています。

 白い肌がより白くなって青く見えるほどですが、気のせいでしょうか。

「高いところは苦手ですか?」

 アガマがアーロさまに聞きました。

「いや、そういうわけでは……」

 アーロさまはモゴモゴと口ごもっています。

「階下に降りるには、このゴンドラを使います」

 モゼルが指をキチンと揃えた手のひらを上に向けると、ゴンドラを指し示しました。

「えっと……船?」

「船として使うものを、魔法で移動手段にしているのです」

 私の説明に、アーロさまは分かったような分からないような表情を浮かべています。

 これは実際に乗ってみたほうが早いのではないでしょうか。

 なめらかな曲線を描くゴンドラは、石で作られたフェンスの内側に置かれています。

 深く濃い赤色で塗られたボディの中には座席が作られていて、深紅の布で覆われています。

 アガマが嫌味っぽく言います。

「このゴンドラを使って下りますので、高いところが苦手でしたら下を見ない方がよろしいかと」

「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」

 アーロさまはそう答えましたが、アガマは右の眉をピクリと上げると、アーロさまをゴンドラの一番内側、屋敷側の席へと座らせました。

 そして私をゴンドラの一番外側に座らせると、アーロさまとの間にアガマが座ります。

 ちょっと意地悪、というか邪魔です。

 でも年寄りに逆らうと面倒くさいのでやめておきます。

 それにアーロさまと隣り合って座ったりしたら、心臓がドキドキしすぎて大変なことになりそうですからね。

 今回はやめておきます。

 私たちが席に着くと、運転手役のモゼルが先頭に立ちました。

「では、出発させていただきます」

 モゼルの声と共に隠されていた二本のレールが光出し、ふわりと浮き上がったゴンドラがその上にゴトリと音を立てて乗りました。

 モゼルが緩く腕を振ると、カンッと軽い衝撃と共にゴンドラは滑り出し、フェンスの上へと上がりました。

 アーロさまの顔色が少し気になりますが、屋敷見学は順調に始まってくれてよかったです。

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