私はモゼルとアガマを従えて、アーロさまの屋敷見学に備えて屋上に向かいました。屋上の端に並んだ私たちは、揃って地面を見下ろします。
「高いですね」
もともと小柄なモゼルの体感は、人間に近いものがあります。
「ん、やっぱり高いわね」
ドラゴンの時には気にならない高さでも、人化した状態ではちょっとだけ気になります。
この屋敷は100階建てです。そこに屋上がついているわけですから、見下ろすとそこそこ高さがあります。しかも屋敷は切り立った山のてっぺんに建ててありますので、山の高さもプラスされた状態のスリルを楽しむことが可能です。普通の人間が身構えても仕方ありません。
「そうですねぇ。わたくしたちには気にならない高さですが。やはりアーロさまは人間ですから、気になりますかねぇ」
「階段を下りるのは人間では大変すぎる、と言ったのはアガマよ?」
なぜ私たちが屋上にいるかというと、アガマの言い出したことが発端です。階段を使うのは人間の足では大変だ、というので、屋内を移動できる物がないか探したのです。モゼルがゴンドラを探してきてくれましたので、それを上下させて屋敷内を移動しようかと考えたのですが。最初からスペースを取ってあるわけではないので、ちょっと無理だという話になったのです。それならば外側を使おう、という話になったので、屋上にやってきたのですが。いざどうにかしようとなると、案が浮かびません。
「外から降りればいいって言ったのも、貴方じゃない。何か考えがあるのでしょうね?」
「プレッシャーをかけてきますね、お嬢さま。そこは考えてありますのでお任せください」
小さくてむっちりしている執事が、胸を張って言いました。
アガマは短い腕を思い切り振り上げました。その腕を小さく揺さぶると、何やら魔法を使っていきました。キラキラと光る魔力は屋敷の外側を螺旋状に這っていき、光が収まる頃には二本のレールになっていました。
「この上でゴンドラを滑らせて移動する、というのはいかがでしょうか、お嬢さま」
「そうね。下るのは問題なさそうだけど……上ってくるときには、どうかしら?」
「そこは私にお任せください、お嬢さま。私が魔法を使ってゴンドラを動かしますので」
モゼルが自信満々といった感じで前に出ました。あまり前に出ると屋上から落ちますよ?
「そうねぇ。モゼルは魔法の調整が上手だから、大丈夫かしらね」
「心配なら、まずは私たちで試してみませんか?」
「いいわね」
モゼルの提案により、私たち三人はゴンドラに乗りこんで地上を目指します。ゆっくりと滑りだすゴンドラ。モゼルの魔法は丁寧だから、ほとんど衝撃もありません。ガタガタせずに、文字通り滑るように降りていくゴンドラは、自分で滑空するのとは違った楽しさがあります。
途中、98階の窓から、アーロさまの驚く顔が見られました。限界まで目を見開いた状態でも、安定の美形ぶりを見られて眼福です。ゆるっと滑っていくゴンドラは穏やかに地上へと辿り着きました。
「ん、大丈夫そうね」
カサリと音を立てて地上に止まったゴンドラの上で、私は満足の笑みを浮かべました。これならアーロさまも安全に下りることができますし、納得してもらえると思います。しかも、外を下りていくので景色がいいです。なんて良い思い付きでしょうか。モゼルは嬉しそうにしていますし、アガマは自慢げです。アガマの態度はちょっとムカつきますが、満足のいく出来だったので許すことにしましょう。
「このゴンドラは魔道具ということにしましょうか」
「そうね、アガマ。それがいいかもしれないわ」
「お屋敷のなかをチェックして、他にも魔道具の必要な場所がないか見てきますね」
「ええ。お願いするわ、モゼル」
魔法と魔道具。この2つの言い訳があれば、どうにかなりそうでよかったです。