「アーロさまが、お嬢さまを守れるほどお強いのであれば。魔族軍から王国を守ることも、可能なのではありませんか?」
アガマがアーロさまに問いかけます。嫌味臭いのでやめて欲しいです。私はアガマを睨みましたが、アーロさまには気付かれていないようです。アーロさまは、秀麗な眉を情けなそうにクシュッと下げました。
「いえ。私は、そこまで強くはありません。魔族相手となると、逃げ延びるのがやっとだと思います。王国を守る、などということは無理です」
確かに逃げるのと守るのでは、大きな違いがあります。逃げることができれば命は守ることができるでしょう。しかし逃げ出したところで、戻る場所がないのであれば大変なことになってしまいます。
アガマが満足そうに頷きました。何に満足しているのでしょうか。危険はちっとも去ってはいませんよ。
「そこでドラゴンですか」
「ええ」
アガマの言葉に、アーロさまが頷きました。
「伝説の銀色ドラゴンです」
「伝説の銀色ドラゴン?」
人間界では私、そんなことになっているのですか……。私は銀色ではありますが、まだピッチピチの118歳ですよ? 勝手に伝説とされても困ります。
思わず反応した私の方に顔を向けたアーロさまが、優しいくて柔らかな笑みを浮かべました。ああ、なんでしょう。包み込むような優しい笑顔です。好き。
「王国に伝わっている伝説なのです。百年ほど前、王国にドラゴンが現れたという話を聞いたことはありますか?」
「はい。薄っすらとは」
アーロさまの言葉に、私は適当に誤魔化しながらも頷きました。
もちろん、知っています。身に覚えがありますから。確かにあれは百年前……、私がピッカピカの十八歳の頃のことでした。おそらくアーロさまは生まれていませんね。ふふふ。そう考えると、アーロさまってば超年下。うふふ。
「王国はその頃、当時の国王による圧政下にあり、国民は苦しんでいました」
「まぁ」
私は心の底から驚きました。その話は初耳です。
私はアガマの方をチラッと見ました。忠実な執事は、顔を横に振っています。彼もそんなことは知らなかったようです。続いてモゼルの方に視線をやりましたが、彼女も顔を横に振っています。どうやらこちらには、情報が入っていなかったようです。
「身勝手な国王に神もお怒りになったのか、天候もおかしくなり。干ばつが続いたかと思えば、次は雨が止まず洪水に襲われたりと、国民は酷い目に遭い続けました。そんな時、姿を現したのが銀色のドラゴンさまだったのです」
「まぁ!」
そんなことになっていたのですねっ。私、ちっとも知りませんでした。ちょっとアガマ、モゼル、貴方たち知ってた? 二人とも顔を横に振っていますから、我々のあずかり知らぬ所でドラマは起きていたようです。私ってばドラマの主役? びっくりです。
「干ばつや洪水により飢えに苦しむ国民を見ても、国王が考えたのは、救いの手を差し伸べることではありませんでした。あろうことか力自慢の男どもを集めて、他国に戦争を仕掛けてたのです。徴兵により働き手も失った畑はさらに荒れ、人々は飢えて……戦況も芳しくなく、王国は荒れに荒れていきました」
アーロさまの顔を見ながら、私は手に汗を握り、ゴクリと唾を呑み込みました。王国は、どうなってしまったのでしょうか?
「そんな時に現れたのが銀色のドラゴンです。ドラゴンの放った魔法で国王が貯めに貯めた財宝が、国中に飛び散ったのです」
は? 私が吹き飛ばしたのは山だったような気がするけど、気のせいかしら? ちょっと意味が分かりませんが……その辺は昔話ですからね。何か脚色があるのかもしれません。
「国王は自分を破滅に追い込んだドラゴンを『悪魔』と呼び、残った兵を率いて戦いを挑むという暴挙に出たのです」
あら。私は人間全員に悪魔呼ばわりされていたわけではなかったのね。よかった。そうよね、だって私、こんなに美しいのですから。うふ。悪魔なんて、ねぇ。
「国民は我慢の限界を迎えました。そこに現れたのが現在の国王の祖先となる王族です。心ある王族に率いられた有志により、当時の国王一派は打倒されたのです」
「まぁ」
人間らしいといえば人間らしいですが。そこでやはり『王族』が出てきちゃいますか。要は、王族の権力争いに利用されたのですね、私。そんなことだろうと思ったわ。クスン。
「王国が新たなる歴史を刻み始めた時、ドラゴンさまは人間に襲われたにも関わらず、我々に1枚の鱗を与えて祝福して下さったのです」
あら。私の鱗、そんな流れで渡されたことになっていたのね。祝福。祝福ねぇ……。
「新しい国王は、その鱗を盾にして、周辺国を打倒して支配下に置くことができました。周辺諸国は天変地異の影響を受けていませんでしたから、そこには作物が豊富に蓄えられていて……接収した作物を広く王国の民に分け与えることにより、飢えた国民を救うことができたのです」
「……」
ダメでしょ。私の鱗使って、周辺国を支配下に置いちゃダメでしょ? 確かに、私の鱗には高い防御力がありますけど……ダメですよ。しかも食べ物を接収って。ダメでしょ?
アガマやモゼルもスンとした表情を浮かべています。後から「だから人間はっ!」と怒り狂いそうですね。やれやれです。