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第十二話 人間の名はアーロ

 人間は夢見るように微笑むと、再び目を閉じそうになりました。

「あ、ダメッ! 眠らないでっ!」

 思ったよりも大きな声が出て自分でもビックリです。気付いたら私は、人間が眠ってしまうのを恐れて叫んでいました。

 私は衝動的な行動をとってしまう時があるので、常日頃から執事たちに注意されていたのですが。こんな肝心な時に自分の欠点が出てしまうなんてっ。なんてことでしょう。怪我人相手、しかも恋する相手にこんな真似を……。ちょっと気まずくて、なんとなく縮こまる私です。

 周りの忠告は普段から聞いておくべきでしたね。アガマたちの視線が痛いです。ですが、人間は大きく目を見開いて私を見ています。願いは叶ったようです。青い瞳が私を見つめているのは嬉しいのですが、かなり驚いているように見えます。あぁ、良い印象を持たれたいのですが。私ってば恋の自覚と同時に、失敗してしまったかもしれません。沈黙が痛いです。

 居心地が悪いですけど自業自得なので、自分から解決する方向で動きたいと思います。

「あ……あの……」

 口を開いたものの、続く言葉が浮かびません。沈黙は破壊しましたが、どう先を続けたらよいでしょうか。

 私は助けを求めてモゼルの方に視線をやりました。優秀なメイドはスンとしたお澄まし顔で俯いて、こちらに視線を向けてくれません。ガン無視です。モゼルってば冷たいっ。

 仕方なくアガマの方を向くと、ジト目でこちらを見ている執事と目が合いました。ここはひとつ過去の失敗は水に流して協力お願いできないでしょうか、という思いを込めて見つめてみます。アガマは額を右手で押さえるという動作の後に、目をグルリと回してから「今回だけですよ」みたいな顔芸まで加えました。存在感がうるさくて邪魔くさいですが、ぼんやりした表情で夢見るように私を見上げている人間には、気付かれていないようで良かったです。

 アガマは頷く私の表情を確認すると、溜息を吐いてから口を開きました。

「気が付かれましたね。体の調子はいかがですか? 痛いところはございませんか?」

「あ、あぁ」

 人間は初めてアガマの存在に気付いたように、顔だけそちらに向けました。

 美しい顔がこちらを見ていなくて残念ですが、人間は後頭部から眺めていても魅力的です。

 人間は寝たまま体をもぞもぞと動かすと、アガマに向かって頷きました。

「あちらこちら痛いのは痛いが……ん、大丈夫のようだ。体は動く」

「それはようございました」

 アガマは夜会でお客さまをもてなす時に見せるような、失礼はないけれど義務的な表情を浮かべて頷きました。

「えっと……ここは?」

 人間はベッドに寝たまま、不思議そうにキョロキョロと視線を彷徨わせています。人間のサイズからしたら、この部屋は全てが大きすぎるので不思議なことではありません。ドラゴン仕様なので。

 アガマはゴホンと咳払いしてから言いました。

「ここは、そこにいらっしゃるセラフィーナお嬢さまのお屋敷でございます」

「あっ……それは……えっと、ご迷惑をおかけしました」

 人間の顔が私のほうにクルッと向きました。美しい顔が丸見えです。あっ、私……ちょっと照れてしまって正視できません。私は恥ずかしくなって視線を逸らして、両手でドレスの太もも辺りをモゾモゾと握ったり離したりしながら、モゴモゴと口ごもるように答えます。

「いえ、そんな……」

 アガマの冷たい視線を感じますが、恥ずかしいものは恥ずかしいので仕方ないです。呆れながらも気を利かせてくれたのか、アガマが人間に問いかけます。

「よろしければ、お名前を教えていただけますでしょうか」

「あぁ、これは失礼なことを。私はアーロ・ヤンセンと申します。王国の騎士です」

 人間はアーロという名前だそうです。アーロさま。私はその名を口の中で転がすように呟きます。

 なんて素敵で、なんて特別な名前なのでしょう。

 何度でも呼びたいです、アーロさま。


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