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第十一話 人間の目覚めと恋の自覚

 食事を終えた私は、身だしなみを整え直して客室を目指します。人化した私は銀髪の儚げ美人ですから、人間から見ても美しいはずですが。より美しく見えたほうがよいですからね。第一印象は大切です。

 鏡の中に映る自分の姿を確認し、満足の笑みを浮かべてから、螺旋を描く階段へと向かいます。98階へ向かいながら、自分で自分に問いかけます。

 私は、あの人間に恋をしているのかしら? 恋って、噂に聞く恋愛的なアレよね?

 恋って特定の方に強く惹かれるものらしいけど、私が人間に感じているコレがそうなのかしら?

 切なさとかも感じてしまうものらしいけど、切なさとかあるかしら?

 恋というほど深い思いを、あの人間に感じているかしら?

 自分でもよくわからなくて、首を傾げてしまいます。ですが、98階を目指す私の足取りは軽いです。

 人間の姿でいるのは好きですが、移動はちょっと面倒ですよね。歩くよりも、塔の外側をズルッと下りていく方が楽だと思います。でも今日の私は、タンタンと軽い足音を立てながら気分よく階段を下りていきます。なぜなら人間が目覚めているかもしれないからです。なんでしょう、このウキウキした気持ち。不思議ですね。

 客室の扉を開けて中に入っていくと、人間はまだ眠っているようです。広い客室にある大きなベッドの上にちんまりと収まっている人間、可愛いです。ベッドサイドには、アガマがデーンと椅子に座って控えています。ちょっぴり丸々としているので、執事服のボタンとか引っ張られて苦しそうです。執事本人も苦しいのかもしれませんが、私を睨むようにして見ているので知ったことではありません。執事服はサイズを測って作っているはずなので、キチンと余裕をもって作ってもらわなかったアガマが悪いのです。私は悪くないです。

 知らん顔してベッドの反対側に椅子を用意させて座ります。私の執事が顔芸しながら、何やら圧をかけてきますが知りません。私は礼儀正しくお見舞いにきたのです。やましいところなどありません。本当です。信じてください。

 人間の寝ているベッドの両端で、互いをけん制しあっている私と執事。怪我人を間に挟んで何をしているのでしょうか。毎日がご機嫌で楽しいですが、正しいかどうかは謎です。そんな私とアガマの間で、小さなうめき声が上がりました。

「んっ……」

 人間です。人間が目覚めたようです。

 大きなベッドの真ん中で、少し苦し気な表情を浮かべた小さな顔がモゾモゾと動き、乱れた金色の髪が揺れました。

 色の白い肌がわずかに赤味を帯びて、整った作り物のような顔に生き物の気配が戻っていきます。

 人間、ちゃんと生きてました。私の心に安堵と感動が広がっていきました。この気持ちは何なのでしょうか。私は人間から目が離せません。

 金色の長いまつ毛がピクピクと震えて、大きな目がゆっくりと開いていきます。

 そこにあるのは、澄んだ青色の瞳。雪解け水が流れ込んだ湖のような、濁りがなくて美しい青色の瞳です。

 青い瞳が私の姿を捉えると、人間はゆっくりと溶けていくような笑みを浮かべました。

 そして形の良い唇からは、穏やかな声が小さく零れ落ちるのです。

「あぁ、また会えましたね。美しい方……ココは天国?」

「……っ!」

 私は、思わず息を呑みました。

 なんなのでしょうか、コレ?

 心臓にドーンときました。

 とてつもない衝撃です。

 コレが恋?

 コレが恋、なのですね?

 アガマが頭を抱える気配がするし、モゼルの冷たい視線も感じていますが知りません。

 コレが恋!

 私は人間に恋をしているのね!

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