今日も空は快晴。青く広がる空は気持ちよさそうで、飛ぶには良さそうな日です。早春の少し肌寒い空気を切りながら飛ぶのは大好きですが、今の私にはもっと気になることがあります。
「おはようございます、お嬢さま」
今朝のお当番はモゼルのようです。窓の外をぼんやりと見ていた私の視界に、細身で小柄だけど美形でマッチョなメイドの姿がスッと入ってきました。
「朝のお仕度をいたしますね」
「ええ、お願いね」
問答無用で起きなければいけないようです。
私はベッドから体を起こしました。貴族令嬢のお世話をするように、メイドたちが私の身支度を整えていきます。これ、本来は必要のない作業です。私は身1つでどこへでも行けるし、どこでも生きていけます。
身分制度だって、本来は必要ありません。人間社会の真似事です。とはいえ、聖獣の世界も難しいものがあるので、主従の関係とか序列とかあるのですよ。面倒ですよね。ただ、これを怠ると聖獣の世界も争いごとが起きやすくなって、もっと面倒になるらしいです。お父さまのおっしゃることなので、どこまで本当かは分かりませんが。
もっとも私はドールハウスのようなこの屋敷で、お人形遊びのようにして暮らすのが好きですから抵抗はありません。窮屈なのは嫌いなので、ドレスのデザインは緩いですけどね。
ですから、私はドラゴンとしては融通の利くタイプだと思うのですよ。でも人間から見たらどうでしょうか? 気になります。
「今日はアガマの姿が見えないけれど、何かあったのかしら?」
「はい。そろそろ人間が目覚めそうだからです」
お澄まし声でモゼルが答えました。お澄まししているわけではないのですが、モゼルは普段からこんな喋り方をします。
「それはよかったわ」
人間が目覚めるのは楽しみです。どのような声をしていて、どのような表情を浮かべるのでしょうか。とても気になります。
でも人間が目覚めると、なぜアガマが側にいないといけないのでしょうか?
「ですが、相手は人間ですからね。何をするか分かりません。だからアガマは、人間がお嬢さまに不埒な真似をしないように見張っているのです」
「まぁ」
私はドラゴンですよ⁉ 人間に何ができるというのでしょうか。
「それにお嬢さまは、人間に恋をされていますからね。お嬢さまが人間へ何かしないかも見張るつもりのようです」
「まぁ!」
私が人間に恋⁉ 私、人間に恋をしているの?
えっ⁉ そうだとして、アガマは私が人間に何をすると思っているのでしょう。
主人を信用していないのにもほどがあります。
それに私が人間に何かをするとして、アガマ如きに止められると思っているのかしら?
主人を舐めるにもほどがあります。
私の中に疑問は渦巻きますが、人間が目覚めるのなら腹ごしらえしておいたほうがよさそうです。
朝食には、牛のローストを選びました。オムレツやパンケーキもいいですけど、気合が必要なときには、やはり牛肉ですよね。一頭ほどペロリといただきます。元気を出したいときに、ニンジンやレタスなんて食べている場合ではありません。……ですが、残そうとしたらモゼルにギロリと睨まれてしまいましたので食べます。モゼルに視線で促されましたので、ケール入りのフルーツジュースも飲みました。今日は気合が必要ですからね。あ~、でもマズイ。私、野菜は苦手です……。