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第六話 戸惑う私とプンスカ執事

 私は自室に戻りました。屋敷は私好みになっていますから、この部屋もお気に入りです。

 部屋は私の人化がうっかり解けてドラゴンに戻ってしまっても大丈夫なように、ゆったりとしたスペースを確保しています。天井も高いですし、99階を全て使っている広い部屋です。

 屋敷全体の外観は石を積み上げて作った塔のようになっていますが、内装は少し趣が違います。むき出しの岩が見えるような武骨な建物ではなく、白壁を基調とした部屋になっているのです。特に私の部屋は可愛らしくて、金色で彩られた浮き彫り細工が柱に壁にとあちらこちらに施されて豪奢な造りになっているのです。アクセントカラーには少し紫がかった青を使っています。

 部屋には大きなベッド以外、家具はあまり置いていません。ドラゴンに戻ってしまったときに壊さないようにです。使用人たちは私が危なくないように、と言っていますが、私は丈夫なので滅多に怪我などしません。物を壊したりすると気まずいですからね。失敗は少ないほうが安心です。その分、壁には手間がかかっています。

 窓にもこだわりがあります。いざという時には出入り口にもなる場所ですからね。高さもあって横幅もある壁一面を埋めるようにして、大きな窓が設置してあるので安心です。大きな窓には、フリルのたくさんついた白いレースのカーテンがかかっています。たっぷり生地を使ったカーテンには、金や銀の刺繍も入っていて豪華です。

 高い天井にはシャンデリアが釣り下がっています。シャンデリアそのものは豪華ですが、下に長く垂れさがるというよりも、横に大きく広がっているタイプです。うっかり人化が解けたときのための高い天井ですからね。垂れ下がる部分が多いとぶつかってしまって危ないのです。

 必要な物は使用人たちがその都度持ってきてくれますし、鏡も壁に大きなものをはめ込んでありますから不便はないのです。

 そろそろ昼食の時間ですが、なんだかバタバタして疲れてしまいました。少し休んだ方がよさそうです。私はサンダルを脱ぐとベッドに入って、枕に背中を預けるように座ります。

 人間の青い瞳を見て感じた胸の高鳴りは、どのような意味を持つのでしょうか? こんな気持ちは、人間相手にはもちろん、他の生き物にも感じたことはありません。

 私はしばし、物思いにふけります。

 窓から入ってくる光が午後の日差しに変わっていくのを感じながら、今日の自分を振り返ってみましょう。

 人間を見たのは初めてのことではありません。私がこの領地に来たばかりの頃に見たことがあります。見ただけでなく、話もしました。ですが、今日出会った人間には、その時にはなかったものを感じるのです。

 窓からは、さっきまで飛んでいた青い空が見えます。ほんの少し前のことなのに、今の私とあの時の私では、全く違うような気がするのです。この気持ちは、何なのでしょうか。

「お嬢さまっ。人間などに関わってもよいことはありませんよっ」

「わっ!」

 アガマに突然話しかけられて、びっくりしました。いつの間にか部屋に入ってきていたようです。

「何度もお呼びしましたのに。お嬢さまが反応されないから……」

 どうやら私が気付かなかっただけのようです。アガマがブツブツ言っています。

「人間は聖獣というものが分かっていないのです。あんな野蛮な生き物に関わっても損をするだけですよ」

 アガマは、なんだかプンスカしています。そこまで怒るほどのことでもないと思うのですが。

「まぁ、アガマってば。そこまで悪くはなかったと思うけど」

「お嬢さまは、人間に甘すぎますっ」

 アガマは今日助けた人間のことが気に入らないというよりも、人間全般が気に入らないようです。

「甘いというか……確かに人間は無知だと思うわ。でも交流のない存在のことを知るのは、難しいわよね? というか、無理じゃない?」

「それはそうですけど……」

 アガマはモゴモゴと言っています。彼には彼のこだわりがあるので深く突っ込むことはしません。が、私としては前回の人間との遭遇に関して、そんなに悪い印象はないのです。

「彼らは彼らで困りごとがあったのだもの。ちょっと失礼ではあったけれど仕方ないわ」

 前に人間の姿を見たのは、私がこの領地に引っ越してきたときです。

 美しい銀色のドラゴンである私は、美はもちろん力にも恵まれているのですが、ちょっとだけ不器用なのです。

 どのくらい不器用かというと、魔法で煮炊き用の火を出そうとして、山を1つ吹き飛ばす程度のものです。

 ちょっと、ですよね?

 ですが私の父は厳しいドラゴンなので、自分の力を上手く操れるようになるまで安全な土地に居なさい、と命じたのです。

 ちょっと厳しすぎると思います。ぷん。

 それで生まれ育った土地から追い出されるようにして、この地に来たのです。ですが、思いのほかこの領地での生活は快適で気に入っています。

 今となっては父に感謝しています。ちょっとだけ、ですけどね。

「ですが人間たちは、お嬢さまを災厄の元凶だと思って退治しに来たのですよ?」

「そんなこともあったわね」

 そうなのです。私がこの地に移った時、ちょうど人間たちの国は天候不良に見舞われて、洪水や干ばつなどに悩まされていたのです。天候が不順だと作物は上手く育ちませんし、家畜の飼育も順調とはいかなくなります。貧しさは争いをうみ、国同士の争いが続いたりして、荒れていたようなのです。

 そんなときに、引っ越し中の私の姿を見かけた人間がいたようで。さまざまな災害を私のせいだと思われちゃったのです。クスン。

 まぁ私のことですから、災害のうちの幾つかは実際に私が原因だった可能性もありますが。もしそうだったとしても、ドジっ子なので許して欲しいです。悪意を持ってわざとやったわけではありません。

「神聖なドラゴン族のお嬢さまを悪魔呼ばわりするなど、わたくしには許せません」

 アガマは当時も怒り狂ったのですが、今でも思い出してはプンプンしています。私も悪魔呼ばわりに関しては、ちょっとな……とは思いましたけどねぇ。だって私、こんなに美しいのですから。うふ。

「しかも人間の分際で、お嬢さまを倒そうなどと……」

 そうそう。それで私、退治されそうになっちゃったのですよ。こちらへ一緒についてきていたアガマはカンカンになってしまって。あの時は、人間への対応よりも執事の怒りを鎮めるほうが大変でした。

 アガマは当時を思い出しただけで、怒りのあまり真っ赤になってブルブル震えています。彼もそれなりに魔法が使えますし、戦えば強いのです。人間の国ひとつくらいアガマだけで楽に滅ぼすことができますので、抑えておかないと危ないでしょ? その意味では、当時は大変でしたねぇ。

 ちょっと遠い目になりましたが、いつまでも過去の過ちを責めても意味はありません。

「まぁまぁ、アガマ。どうせ人間たちに私を倒すことなんて無理ですし。どうにかなったのだから、いいじゃない」

 攻めてきても私がグルンと1回りすれば、人間たちはだいたい倒れてしまうのです。大したことではありません。それよりもあの時には軍を率いてきた人間が勝手に崖から落ちたりして血を流すなど、辺りに漂う腐臭が臭くて大変でした。

 他にも何かと鬱陶しかったので、ちょうど1枚取れた私の鱗を渡してお引き取り願ったのです。

「お嬢さまは優しすぎるのです」

 アガマは顔をしかめます。

 でも面倒ごとを避けるためには、恩を売っておいたほうがよいと思うのだけど違うのかしら?

 ドラゴンの鱗には、高い防御力があります。アレを地面にザクッと立てておけば、人間の国程度ならかなりの範囲を守ることができます。その鱗に更に私が魔法を施して渡しました。だから、天候も順調になったでしょうし、争いも減ったはずです。それ以降、この領地に人間が足を踏み入れることは、滅多になくなりました。少なくとも軍を率いて訪れたことはありません。

 今日助けた人間は、どんな目的でこの地を訪れたのでしょうか? 気になります。

「それで、あなたの用事はなぁに?」

 私は忠実な執事に問いかけました。

「ああ、そうです。昼食をどうされるのかを確認に参りました」

 そうでした。さっきまでは空腹を感じていませんでしたが、改めて聞かれたらお腹が空いてきました。

「食べるわ。軽くでいいから、部屋まで持ってきてちょうだい」

「かしこまりました」

 アガマは一礼するとササッと部屋を出て行きました。モゼルほどではありませんが、彼も素早く動くことができるのです。むっちり体型なので意外なのですけどね。

 すぐにメイドたちの手によって昼食の用意はなされました。メイドたちは爬虫類系の聖獣です。もっともメイドに限らず、この屋敷で働く使用人は爬虫類系の聖獣が多くなっています。なぜなら爬虫類系の聖獣はドラゴンである私を怖がらないからです。私は温和なドラゴンですから怖くないのですけどね。こんなに美しく優しい私を怖がるのは意味不明です。とはいえ、爬虫類系の聖獣たちは動きの素早い者が多いですから、私としては不満はありません。

 ベッドから降りようとした私に、メイドの1人がサッと寄ってきてサンダルを履かせてくれました。爬虫類系の聖獣の目配りは半端ないです。

 何もない部屋に運び込まれたテーブルの上には、あっという間にご馳走が並んでいきます。私は座り心地が良くて可愛らしいデザインの背もたれのある椅子に座り、メイドたちが用意してくれた昼食をいただきます。

 紅茶にパン、豆のスープに魚入りのパイ、丸鶏のローストにポテトサラダ、スコーンとババロアを食べたところで食事を終えました。

「今日はあまり召し上がらないのですね、お嬢さま。お口に合いませんでしたか?」

 アガマが気づかわし気な視線を私に向けてきます。いつもなら牛一頭くらいペロッと食べる私にしては、量が少ないのは確かです。

「そんなことはないわ。ただ……なんだか疲れてしまったみたい」

 胸がいっぱいな感じで、なんだか食が進みません。

「では、少しお休みになってはいかがですか?」

「ええ、そうするわ」

 食事を終えた私は、お昼寝をすることにしました。今日は色々とあって疲れましたから、しっかり休んでおくほうがよさそうです。


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