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第四話 人間を拾いました

「屋敷が見えてきたわ」

 愛しの我が家が見えてきました。 山頂部分をちょっとだけ削って平らにした場所へと建てた高い塔が私の住まいです。円筒形の塔は高さこそありますが、ドラゴンが住むにはちょっと狭い屋敷です。でもドールハウスのように可愛らしいので、私はとても気に入っています。

「早く屋敷の中に入りたいですぅ~、あぁ、早いぃぃぃぃ」

 彼の希望に合わせてスピードを上げたのに、お気に召さなかったようです。我儘な執事ですね。

 アガマが私の背中で大げさに騒ぎ立てています。人間を抱きながらも安定して私に乗っていられる身体能力があるのに、何をそんなに怖がっているのでしょうか。主人への信頼の無さゆえなら、私は拗ねちゃってもいいと思うんですけどね。などと思いながらも屋敷のてっぺんにある丸くて平らな屋上へと着陸します。

 庭もそこそこ広いので私が降り立てる程度の広さはありますが、私の部屋は99階なので屋上のほうが便利なのです。ちなみに屋敷は100階建てになっています。100階が大広間で、その上が屋上です。とはいえ来客など滅多にありませんので、大広間を使うことは少ないですけどね。

 私はスッと人化しながら屋上へ降り立ちます。アガマは人間を抱えたまま、私の人化が終わる前にヒョイと飛び降りました。アガマも大きなトカゲの姿から、人の姿へと変わります。人化した私よりも少し背が低いですから、男性としては小柄です。ぷっくりと太り気味で手足は短く、大きめサイズの顔面をしたオジサン執事の出来上がりです。髪と瞳の色は灰色と渋いですが、愛嬌のある見た目をしています。

 私はというと、ガーネットのような赤紫の瞳と長い銀髪の女性の姿に変わります。大きな目にぷっくりとした小さめの口、すっと鼻筋は通っているけれど高すぎない鼻を持つ、整った女性らしい顔立ちの儚げ乙女の出来上がりです。

 銀色の鱗は、体を締め付けないデザインの薄絹のドレスへと変わっていきます。ふわっとした生地には銀色の刺繍が細かく入っていて涼やな輝きを放つ上品なドレスです。足元は細い皮を編み合わせたようなサンダルで軽やかにまとめています。自宅ですからね。綺麗ではいたいけれど堅苦しいと疲れちゃいますから、このくらいがちょうどよいです。

 屋敷では人化するのがお約束となっています。この屋敷は私の夢の家。ドールハウスのような屋敷で暮らしているのは、私の趣味なのです。

「あぁ、人間の姿は無様だから嫌いです」

 アガマは嘆いていますけれど、能力は人化前と同じですし、魔法も使えます。見た目が少し変わるだけなので許容の範囲ではないでしょうか。

「ふふ。私は強要しているわけではないわ。でも、ご主人さまに合わせるのが執事の役割なのでしょ?」

「そうですとも!」

 アガマは胸を張って答えました。でも、小さな声でブツブツ言うのも忘れません。

「でも本当に毎回、毎回、人化するのは面倒なんですよ。しかも、わざわざ無様になるなんて……」

 そう言いながらも、私に合わせてくれるのです。とてもよい執事です。私は小さく笑いました。

 ドラゴンである私が暮らすには屋敷は狭すぎます。だから私は、普段から人化して暮らしているのです。しかしアガマは小柄なので無理に人化する必要はありません。それでも私に合わせて人化してくれているのですが。今日は文句を言いたい気分のようです。

「でも人間を連れてきたのだから、人化しておいたほうがいいでしょ?」

 私の言葉に、アガマは渋々といった感じで頷きました。人間はデリケートですから、いちいち見た目に反応したりします。目が覚めて人間サイズのトカゲが目の前にいたら、さぞや驚くことでしょう。大騒ぎされると面倒くさいので、人化しておいたほうが安心です。

「お嬢さま。この人間はいかがいたしますか?」

「そうねぇ……」

 私は執事にお姫さま抱っこされている人間を眺めて、しばし悩みます。長身で大柄なマッチョ男性のようですが、今は傷ついてグッタリしています。とりあえず危険は感じません。

「まずは手当をして……元気になってから事情を聞きましょうか」

「はい。メイドたちに手当してもらいましょう」

 アガマは私の出した指示に満足したように頷きながら言いました。

「では、お願いね」

 私が踵を返して自室に向かおうとした、その時です。

「うぅ……ん」

 アガマの腕の中で、人間が身じろぎしながら小さく声を上げました。

「あら、気付いたのかしら?」

 私は人間を覗き込みました。傷だらけですし、服や装備もボロボロです。けれど鍛えているようで、筋肉はしっかりついていて丈夫そうです。私たちが思っているよりも健康状態は良好なのかもしれません。

 人間は金色の長いまつ毛を震わせながら目を薄っすらと開けました。瞳の色は澄んだ青色。雪解け水が流れ込んだ湖のように美しい青色の瞳です。

 不意を突かれたように、私の心臓がドキリと跳ねます。なんでしょうか、これは。

 アガマの腕の中にいる人間は、整った顔をしています。どちらかといえば女顔です。小顔なのに筋肉質な体をしているせいか、顔と体の縮尺が合わないような印象もあります。でも、ちょっと焦げて乱れた金髪はそれでもなおキラキラと光っていますし、人間としては美形なのではないでしょうか。

 人間の青い瞳が一瞬、私の姿をしっかり捉えました。

「美しい……貴女は、天使か?」

 人間は私を見つめたまま小さな声で呟くと、再び気を失いました。

 ……あら?

 なんだか私の心臓が、ドキドキと忙しく騒いでいてオカシイです。

 悪い病気にでもかかったのでしょうか。

 顔が熱いです。


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