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モモとスズカ


 ヘンゼルとグレーテルが声をそろえて言ったとたん、まさしく海が割れました。扉が開くみたいに海が左右にわかれたのです。そうやって大きく海が動いたわけですから、海水も大きく荒れました。もう嵐のときみたいです。

 ターリアはそれを見てぴきーんってきました。『童話の世界』であんなことができるのはシンドバッドくらいだってわかったのです。そしてもしシンドバッドがいるのだとしたら、シンドバッドはいつも自分のお船に乗っていますから、そのお船に乗せてもらえば逃げられるかもしれません。

「遠いなあ……」

 ターリアはお目めを細めて、お口をとがらせて遠くを見ます。割れた海の底に、豆粒みたいに誰かがいるのは見えます。でもそれがシンドバッドなのかどうか、それもわからないくらいに遠いです。そんなところまで走っていくのはだるいですし、大声をあげても聞こえないでしょう。海も荒れていてゴゴゴゴって鳴っていますし。それにそもそも、ターリアはおっきなお声を出すのもめんどうがってしまう性格です。

「めんどうくさいなあ。もうみんなまとめて」

 やっちゃおうかな。と、ターリアは思いました。ペルシネットに言われた通り、ターリアの呪文は敵も味方も巻きこんでしまいます。だからほんとうは敵地でつかえるような技じゃありません。でも、ほんとうにシンドバッドがいるのなら、彼のお船があるのなら、そこにまでペルシネットたちを連れていけばあとは楽ちんに還れるはずです。海のほうまではさすがにターリアの呪文がとどかないはずですし、シンドバッドを巻きこんだりはしないでしょう。手加減すれば、のおはなしですが。

「うん。じゃあ、それで~」

 ターリアはそうすることにしました。あとは、追ってきているスズカがあらわれるのを待つだけです。

 ザッパーン。と、そのとき大きな波がうなりをあげました。それにあわせて海のほうからなにかが飛んできます。

「うわっ!」

 それは砂浜に飛んできて、受け身をとりながらグルグルと転がって、そしてターリアの足元にやってきました。

「……モモくん?」

 遠くをながめるような渋いお顔のまま、ターリアはモモを見ました。

「た、ターリア女王!?」

 モモは驚きすぎて、まんまるのお目めになってターリアを見ます。


        *


 モモはもうなんだか頭の中がしっちゃかめっちゃかでした。

 モモの記憶は、開戦一日目のカグヤのお屋敷から止まっていました。ゴブリンたちの群れをあらかたかたづけて、そしてキドウという鬼に立ち向かいました。そのキドウがとつぜんに姿を変えて、そしてきっとそのキドウにモモは負けたのです。

 つぎに目を醒ましたときはもう、戦争は二日目をむかえていました。その二日目も終わりくらいになっていましたし、モモはカグヤたちに助けられて、もう海のおそばにまでやってきていたのです。

 カグヤだけじゃなく、ベア王もいましたし、クラウン王もいました。それにカレンも助けにきてくれていましたが、彼女は気を失っていて。それから海に出て、こんどはシンドバッドまであらわれました。そしてどうやらフロッグ王もいるらしいです。

 そしてそして、こんどはターリア女王とヘンゼルとグレーテル。あとはすこしはなれたところにはペルシネット女王のお姿も見つけられました。いろんな方々がたびたびあらわれすぎて、状況がわからないのです。

「ナイスなモモくん。あとはまかせた」

 ぶいってして、ターリアはモモの背中を叩きます。モモはほんとうに『?』ばっかりです。

「鬼に追われているの」

 ターリアはかんたんに言って、ペルシネットのほうを指さしました。

「鬼……!」

 状況はよくわかりませんが、モモはすぐに構えました。鬼はモモの物語の最大の敵です。それに気を失うまえにはキドウという鬼に負けたのです。もしかしたらそのキドウが追ってきているのかもしれません。そうだとしたら、やり返すチャンスでもありました。

「あ、それとモモくん。他に誰が来てるの? シンドバッドがいるとは思うんだけど」

「はい、シンドバッドさんもおります。それとカグヤさま、クラウン王。カレンさんに、あとどうやら、フロッグ王さまが」

「うにゃ?」

 ターリアは聞き間違いかと思って首をかしげました。

「フロッグがいるの?」

「ぼくはお会いしておりません。ですがそのようにシンドバッドさんがおっしゃっていました。カグヤさま、クラウン王はすでにシンドバッドさんの船に。敵は海そのものと、ネネさんという河童の方です」

「ふ~ん」

 モモのおはなしを聞いて、ターリアはにまにま笑いました。そういう状況なら、なんとかなるかもしれません。敵が『海そのもの』っていうのはちょっとよくわからなかったですけど。

「ま、鬼はまかせた。ペルシィにもこっち来るように言ってね」

 ターリアはヘンゼルとグレーテルのお手てを引いてさきに海に向かいました。

「はい!」

 モモは元気にお返事します。そして鬼をむかえ討つべく、ペルシネット女王の元へ向かいました。


        *


「ペルシネット女王!」

 近くによって、モモは声をおかけしました。近づいてみますに、まさかベート王までいらっしゃるのが見えました。しかもたいへんなお怪我をしています。

「モモくん?」

 ペルシネットにとってもびっくりなモモの登場です。ですけどペルシネットは気を抜きません。とんでもない敵がおそばにいるのですから。

「鬼がいると聞きました。ターリア女王が、ペルシネット女王をお呼びするようにと。鬼はぼくが引き受けます」

 ペルシネットはすこし悩みました。いくらモモが鬼を退治するのを得意にしているからって、あの強い鬼を任せていいものか考えたのです。

「敵は女性の白鬼。とっても強い剣の使い手です」

 でもとりあえず任せることにします。モモはとっても強いですし、それにまずは怪我をしているベート王を安全なところに運ばなきゃいけません。そうしてからモモを助けにもどればいいと考えたのです。

「承知いたしました。シンドバッドさんが来ています。みなさまはさきにお船へ」

 シンドバッドのお船があると聞いて、ペルシネットはとっても安心しました。あとはお船まで行ければ安全に『童話の世界』に還れそうです。

 その、安心した隙を、狙われました。

「……っ! 『猿悔鬼えんげきっ!』」

 気を抜いたペルシネットのかわりにモモが攻撃をガードしました。そしてその一撃だけでわかります。

 この青白い姿の鬼は、キドウよりもずっとあぶないって。

「早く」

 それでも、モモは負けるつもりはありませんでした。ですけど。

「お逃げください! ペルシネット女王!」

 勝てるつもりも、ぜんぜん思えません。


「ん?」

 鬼はなにかを確認するみたいに刀を持つ手をくるくるとストレッチしました。モモのことを見下ろして、赤い瞳を細めます。

「ふうん。そう」

 なにかを納得して、構えました。

「鬼衆の母、スズカ」

 腰を落として体重を乗せて、そしてピタリと動きを止めて。

「鬼斬りは、逃がさない」

 スズカは本気の瞳になりました。





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