ヘンゼルとグレーテルはとっても仲良しな兄妹です。ふたりがどれくらい仲良しかといいますと、おたがいにどんなときでもくっつきあっていたいっていうくらいには仲良しです。それはもういつもいつもです。ごはんを食べるときも眠るときも、おやつのじかんも夢のなかでだって、ふたりはいつもいつもいっしょにいたいのです。
だからふたりはあんまりおでかけしません。おでかけどころかおうちのなかでさえ動くことがめずらしいです。どこかへ行こうとして動いてしまうと、ほんのすこしですがふたりが離れてしまうからです。いくらふたりが仲良しこよしで、おたがいに考えていることがなんとなくわかるといっても、やっぱりいっしょに動こうとしたらちょっとは離れてしまいますからね。
「あーもうっ!」
つまりいまの状況はふたりにとってさいあくでした。半日くらいはかんぜんに引き離されてしまいましたし、やっとまたくっつけるようになったのにずっと動きっぱなしです。安心してぎゅぅってくっついていられないから、ついにグレーテルがかんしゃくを起こしてしまいました。
「ヘンゼルとぎゅってしたい! まだなの? ペルシネットさま」
うしろを振り返ってグレーテルは言います。ですけどペルシネットはスズカの攻撃をずっと防いでいて、お返事するよゆうがありませんでした。
「ヘンゼル……」
ペルシネットのお返事がないのでグレーテルは
「もうすぐおうちだから、もうちょっとがんばろう」
大好きなヘンゼルにまでそんなふうに言われて、グレーテルはもっと不機嫌になってしまいました。
「やだやだやだやだ! ヘンゼルとぎゅってするもん! うぇーん!」
大声で泣き出すありさまです。そうしますと手がつけられなくって、グレーテルは持っている
「あーもー、だめだよグレーテル」
見かねてターリアがグレーテルの、錐を持つ腕を掴んで止めます。たいそうな傷にはなりませんが、それでも錐で刺したら痛いですからね。
「おにいちゃんの言うとおり、もうすぐ還れるからね。還ったらふたりでいっしょに眠れるゆりかご作ったげる」
よしよしとグレーテルの頭をなでてターリアはなだめました。じつはターリアはちいさいこどもたちが大好きなのです。自分がお母さんみたいになれた気がして嬉しいって気分になるからです。
「うぇーん! ターリアさますきぃ。ヘンゼルのつぎにすきぃ」
まだ泣きべそですがもうすこしがんばって走ってくれそうでした。ターリアも嬉しくってニコニコしてグレーテルの腕を引きます。
「よぉーし。じゃあ『繋がりの扉』を探すぞぉー。グレーテルのよく聞こえるお耳で探してね」
「うんっ!」
頼りにされたみたいでグレーテルは得意げに耳を澄ましました。
「と、ヘンゼルはよく利くお鼻で」
「ターリアさま」
ヘンゼルにも手伝ってもらおうとしましたが、そのまえになにかを言われました。
「世界一かわいいグレーテルを泣かした
うしろでペルシネットと戦っている鬼を指さして言うのです。こどもはほんとうに怖いもの知らずです。
「もー、ヘンゼルまで駄々こねないで。おにいちゃんはグレーテルの心配だけしてればいいんだよ」
ぶっそうなことを言うヘンゼルの頭は、ちょっとだけ乱暴にがしがしとなでまわします。ぐるんぐるんと首が回って、ヘンゼルもいちばんたいせつなことを思い出したみたいでした。
「……うん。そうだね。そうする」
ヘンゼルもターリアの言うことを聞いて、お手てをつなぎます。あらためてまえを進むさんにんは、いっしょになって走り出したのです。
「もう、なにやってるのさんにんとも! いそいでって言ってるでしょ!」
たいへんだったのはうしろを守るペルシネットでした。とんでもない敵に追われながらみんなを守っているのです、たいへんすぎて大きなお声も出したくもなるものです。
「うぇーん! ペルシネットさまきらいぃ。毛虫のつぎにきらいぃ!」
グレーテルがまた泣き出してしまいました。
「ぼくのかわいいグレーテルを泣かすなんて、ペルシネットさまでもゆるさない」
ヘンゼルも怖いことを言っています。
「おはなしをややこしくしないで! いいからはやく逃げてよっ!」
ペルシネットはもう、泣きたいくらいでした。
*
そんなこんながありましたが、なんやかんやとターリアたちは逃げて、そして森を抜けました。視界はいっきに開けて、いくつかの小川と、すこしさきに海が見えました。
「うにぃ。まずいかも。ペルシィ! 海ぃ!」
ぐうたらなターリアもしかたがないので大きなお声でペルシネットに伝えました。海のなにがまずいって、かんたんに言ってしまえば行き止まりなのです。
「海っ!? どこかに道はっ!?」
ペルシネットはスズカを相手にしていましたから、だいたいうしろばっかり見て走っています。だからターリアにべつの道がないか確認させようとしました。
「むぅりぃ~!」
ですけどどうにも道はなさそうです。開けた場所なので隠れようもありません。来た道以外の三方はどっちを向いても海でした。
「こうなっては」
もうスズカをむかえうって倒すしかありません。そう思ってペルシネットは覚悟しました。背筋が冷たくなって、緊張します。首筋にふれた切先の感触を思い出したのです。
スズカはあんまり急いで追いかけてはきませんでした。でもいつもそこにいるようで、それでいてなかなか姿を見せません。隙を見せた瞬間だけ狙いすましたようにあらわれるのです。その身のこなし、そして太刀筋のするどさはふつうじゃありませんでした。ペルシネットが
これがほんものの、ほんとうに強い鬼なのだと思い知ります。きっとこういう強い鬼にベート王もやられたのでしょう。ペルシネットはそう思って、身震いしました。ですが女王として、ヘンゼルとグレーテルを守らなきゃいけません。おびえてなんていられないのです。
「『
最強の守りでも、ずっとは受けられません。それくらいスズカの剣は強いのです。だから、やられるまえにやる。長い髪を大きな三つ編みにして、最強の刃にして構えました。あとはスズカが攻撃してくるのを待つだけです……。
ズズズズ……。と、音がしまして。
潮の流れが変わる匂いがしました。
「「あれ?」」
ヘンゼルとグレーテルの仲良し兄妹が、おんなじタイミングで気づきます。
「音、いっぱい」
「戦ってる匂い」
お耳とお鼻を動かしてふたりは、いっしょに「「ターリアさま」」と呼びました。
どっちへ行こうか。ペルシネットといっしょに戦うか。海に入ってしまうのもいいのかも。とか、いろいろ考えてたターリアは「うにぃ~?」と変なお声で反応します。
「「海が割れる」」
兄妹は声をそろえて、海を指さしました。