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海の妖怪/鬼の母


 波にさらわれて運よくフロッグ王のところに流れ着いたカレンとは違って、モモは海に飲まれて深いところに沈んでいました。ですけどモモは泳ぎも得意なほうですし、武士として心も強く冷静ですからあわてたりなんかしません。

(ぼくのすることは、フロッグ王さまを無事にシンドバッドさんの船までお守りし、お連れすること)

 水を蹴りながらモモは考えます。モモはとっても強いのに、他の強い方々をすっごく尊敬して信じる性格ですから、シンドバッドの判断もうたがったりせず従うつもりでした。

(だけど、それだけじゃいけない)

 ですけどモモは武士として自尊心も強いのです。そんなモモが、たくさんの方に心配と迷惑をかけて助けられておいて、自分はなにも活躍しないなんてのを許せるはずがありませんでした。

(かならず敵をひとりは討ち取る。いまいる敵は、ネネさんと、そして)

 海面を目指しながらあたりも見渡します。まるで生きているみたいに水を揺らす、おっきなおっきな、水の集まりを。

(この海・・・そのもの・・・・)

 海に落ちて、その海そのものに掴まれて、捕らわれて、モモはわかったのです。海そのものの妖怪。その海すべてが、ひとりの妖怪だって。

(『一心一桃いっしんいっとう』。『雉弾鬼ちはじき』っ!)

 海流が不自然に自分を押し流す気がして、モモは刀を抜きました。攻撃の反動で相手から距離を取る技を使って、一気に海面まで上がっていきます。

 ぷはあっ!と、いきおいよく海面に顔を出すことができました。じつはもう息も限界だったのです。大きく息を吸って、吐いて。呼吸をしました。

 さっきまで潜っていた海の中を見てみます。海流に飲まれそうだったから、息が続かないから、そう思って一気に海面まで急いだわけですけど、でも攻撃をするっていうつもりもありました。海そのものへの攻撃なんてちょっとよくわからないですけど、でもそのつもりだったのです。

 ですがやっぱり、海はなんにも変わっていなくて、モモの攻撃なんてなんにもなかったみたいに平穏でした。

「ぼくには、斬れない」

 シンドバッドみたいにはいきません。それをモモはくやしくも思いますが、ですけどできないならできないで、できることをやればいいのです。モモはとっても前向きなのです。

「とにかく、まずはフロッグ王さまを」

 モモはそう思って、あたりを見渡すのでした。


        *


 シンドバッドの新しい冒険は、全員を無事に『童話の世界』に連れ還るものとなりました。

 シンドバッドはこれまでたくさんの冒険をしてきました。大きなクジラの背中を島と間違えて上陸したり、取り残された島から抜け出すために巨鳥にしがみついたり、人喰いの大猿から間一髪逃げ出したり。たくさんの海を越えて、たくさんの島を訪れて、たくさんの冒険をしてきたのです。それはとっても楽しくて、そしてとっても危険なことでした。

 シンドバッドは、その『楽しい』も『危ない』も大好きでした。だから物語の続きであっても、相変わらず冒険を続けています。まだ出会ったことない誰かと出会うため。これまでにないワクワクに出会うため。


「いろんな海を渡ってきたこのオレだが、こんどの冒険は海そのものが相手か。ワクワクするぜ」

 シンドバッドも海に飲まれましたが、モモよりももっと泳ぎが得意でしたので、難なく海面に顔を出していました。海に浸かったままの不安定な体勢で、ニカッと笑ってサーベルを構えます。

 ザザザザ。という海の音。きっとなによりも聞きなれたその音。

 だからこそ音が違えば、シンドバッドにはかんたんにわかるのでした。

「斬るのは海だが、海じゃァねえ」

 構えたまま目を閉じて、音に集中します。これまでに越えてきた海を思い出しながら。

 海は、たしかに船乗りにとって怖いものです。一歩間違えればかんたんにたくさんの命を奪いかねません。ですけど、それは海のすべてではありません。海は生命に恵みをもたらしますし、はなればなれの世界を繋げてくれてもいるのです。

「だから斬るのは、海の中の『悪意』。その部分だけだ」

 耳をそばだてて、感じます。音を聴いて、肌で感じて、海の『悪意』を捉えます。

 ズズズズ。と、いっそう冷たい音が、深い海の底から近づいてくるような気配がしました。だからシンドバッドは閉じていた目を開きます。

「見えた! 『波間斬り』っ! オラアアアアァァーーッ!!」

 こうして海が、また縦にまっぷたつ、斬れたのでした。


 ――――――――


 シンドバッドが二回目の海割りをするよりすこしまえ、その海にはまたべつの誰かも近づいていました。誰かというか、もっとたくさんの方々です。

「ターリア! もっと急いでください!」

 一番後ろでペルシネットが文句を言います。

「えー、だるい~」

 あくびをしながら一番前をターリアは小走りしていました。全力疾走って感じじゃないです。そもそもターリアはぐうたらなので、起きていたとしてもそんなにがんばって動いたりはしたくないのです。

「ん」

 そして『敵』は、隙を見せたら見逃さず、すかさず欠かさず、的確に攻撃してきました。ペルシネットが一番前ターリアを気にして注意が逸れた隙です。その隙に傷だらけで意識もないベート王に斬りかかったのです。

 隙をつかれたペルシネットですが、それでもなんとかベート王を守りました。ペルシネットの美しい髪の毛は長くてがんじょうで、ほんとうに最強の盾なのです。

「怪我をしている者から狙うなんて、卑怯ですわ!」

 ペルシネットは『敵』に叫びながら、反対に髪の毛で攻撃をしかけました。鉄壁の盾を鋭く尖らせた最強の矛です。それでも『敵』は危なげなく受け流すのですけど。

「卑怯? そんなのあたりまえ。私たちは妖怪わるものよ」

 その『敵』は追いかけるのをやめて、刀を構えました。

「『鬼剣きけん』」

 ほんとうなら、追ってきている敵が止まったのなら、もっと急いで逃げるべきです。ですけど、ペルシネットは『敵』といっしょに立ち止まりました。

「だめっ!」

 そう思ったのです。逃げながらその攻撃を受けるとどうなるのか、ペルシネットは追われているあいだ、すでにいっかい経験していて、知っていたのでした。かすって斬れた肩口と、そしてほんとうなら斬られるはずなんてないがんじょうな髪を気にします。ほんのすこし不揃いになってしまった、その髪を。

「『地獄怨じごくえん』」

「『装丁結界ランページ』。『幽縛ゆうばくの塔』」

 永遠のように広がる髪が、ぐるぐると渦を巻いて塔のようにそびえます。その中にペルシネットも、ターリアもベートも、ヘンゼルもグレーテルも隠れました。そして『敵』の動きも細いいくつもの髪で縛ります。

「ん」

 塔に斬りかかって、『敵』は止まりました。

 なんとか、受け止められたみたいです。

「私の勘って、なんでこうも当たるのかしら」

 刀が、塔のうちにまで届いています。ペルシネットの自慢の髪をいくらか斬って、ペルシネット女王の細い首元にまで。ぎりぎり切先が、すこし触れました。

「あ……」

 ほんのすこし、生きた心地がしなくって、ペルシネットはあっけにとられていました。ですけど、『敵』はまだ縛られているはずです。ペルシネットの髪に捕らわれているはずです。

「走って! ターリア!」

 ペルシネットは大声で言いました。自分もベート王を髪で担いで走り出します。

「うにぃ~。わたしがやっちゃう?」

 ターリアはもうすこしだけ小走りを速くして言いました。

「ターリアのはみんなにきいちゃうからだめ!」

「加減するもん」

「そう言ってあなたこないだだって!」

 言い合いながら『童話の世界』の女王たちは逃げました。鬼ヶ谷おにがたにから去るとちゅう、ぐうぜん出会ってしまったべつの鬼から。

 青白い姿をした、女の鬼から。

「ん。タマモちゃん、だいじょうぶかしら」

 自分を縛る黄金の髪を斬って、彼女はまた、女王たちを追います。

 鬼衆の母、スズカが。






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