「シー! 追っかけないと!」
まっぷたつになってしまったシーを見上げて、ネネがおっきなお声で言います。シンドバッドの攻撃で海が割れて、そのせいで海は荒れ放題でした。ネネもお船をひっくり返さないようにするのに精いっぱいなのです。
ヴォヴォヴォヴォ。シーは言葉じゃない音を鳴らして海といっしょになっていきます。シーは海そのもので、そして海はシーなのです。斬られたときに逃がしてしまったクラウンやモモ、カレンを探しに行ったのでしょう。
「あたちは、お船を」
「やあ、かわいいお嬢さん」
グラグラするお船をなんとかしようとしていたネネのおそばに、その小舟の上に、海水でべっしょりな誰かがあがってきます。スカイブルーの髪が濡れたお姿によく似合う、小柄な男性でした。
「あんたいま海に指示を出したな」
「だめー!」
「うおぉ!?」
小舟に上がったところを両手で押されそうになったので、フロッグはとっさに自分も張り手をつかって押し返しました。フロッグとネネがどっちもどっちも、お船のはじっこにまで押されて、『わわわわっ』ってなりながら海に落ちないようにバランスを取ります。なんとかおふたりとも海に落ちずにすみました。
「かわいいなんて、あたち。……だめー!」
ネネはお船のはじっこでうねうねしています。
「なんなんだ、こいつ」
フロッグは反対のはじっこで腰を落として構えました。お相撲が得意なフロッグはすぐに気づいたのです。ネネの押す力が、とんでもなく強いって。
*
すこしのあいだ、シンドバッドは格好をつけたまま静かにしていました。お目めを閉じて静かに、海の音を聴いていたのです。
自分で割った海がうなりをあげています。思いっきり割り裂いたのでまだすこしはこのままですが、それもほんの何秒かくらいのおはなしです。海はこんな傷なんてかんたんに閉じてしまうでしょう。そのためにもういちど、ずぞぞぞって動いて、壁みたいにせり上がった海水をシンドバッドのいるところに押し流してくるのです。
その音。と、違う音が、混ざり合って聴こえました。そして違う音のほうがさきにシンドバッドのところに到着します。
「そこだああぁぁ!!」
音のする方を狙って、シンドバッドはサーベルを。
「……うおおおぉぉぉぉ!?」
向けようとして、慌ててやめました。右肩にモモを受け止めて、左肩にカレンを受け止めて、最後に両手でカグヤを受け止めます。クラウン王は遅れて海底に落ちました。
「女王カグヤとご一行か? なにやってんだおまえら」
シンドバッドはかんたんにみんなのようすを確認して、それぞれ背中を叩いたりお腹を蹴ったりしました。それぞれがそれぞれにお水を吐いて呼吸をし始めます。
「し、シンドバッドくん。ワタクシは……?」
「あんたは意識しっかりしてるからだいじょうぶだろ」
「そうじゃなくって」
それだけ言ったらクラウン王は力尽きてガックシとしてしまいました。海水を吐かせる処置をしてもらえなかったことじゃなくて、クラウン王は、どうして落ちてきたときに自分だけ受け止めてくれなかったのかを聞きたかったのですが、もう限界だったのです。とくに海底に頭から落ちたのがさいあくでした。海に飲まれたのよりさいあくだったのです。
「シンドバッド、さん」
女王カグヤが意識を取り戻しました。
「さすがに無事か、カグヤ。自分で動けるか?」
どうだかはわかりませんが、とりあえずシンドバッドは手を貸してカグヤを立たせようとしました。カグヤもまだお顔をしかめたままその腕を取ります。
「モモくんと、カレンさんを」
カグヤは上半身を持ち上げて、そう言います。
そしてそのままフラフラとしてしまって、また倒れてしまいました。
「……だめか」
頭をガシガシと掻いてシンドバッドはおっきなため息をつきます。あきれたのです。
「あんたら抱えこみすぎだし、がんばりすぎだ」
よいしょっとカグヤを抱えて、そしてクラウンを抱えます。そしてシンドバッドは、自分の住むお国の王さまであるアラジンのことも思い出しました。強くて優しい王さまのことを。
「還ったら、ちょいとケンカしに行くかねぇ」
オラァ!!とシンドバッドは思いっきりカグヤとクラウンを投げ飛ばします。たぶんちょっと痛いですけど、あんまり時間もないのでこうするしかありませんでした。せり上がった海を抜け出して、カグヤとクラウンはやがてシンドバッドのお船に着地します。
「てめえらは起きろ! てめえで立てっ!」
お水を吐かせるのとはべつの意味で、シンドバッドはモモとカレンを蹴りました。モモはフラフラと目を醒まして、立ち上がります。カレンも目は醒ましているみたいでした。(カレンは足がないので立ち上がれませんけどね)(ですけどカレンの足はじたばたともう踊っています)
「女王カグヤとクラウン王は、もうおれの船だ。てめえらはフロッグ王を連れて来てくれ」
「フロッグ王さまがいらっしゃっているのですか?」
まだ頭がぼうっとしていて、モモは頭をふりふりしながら聞きました。シンドバッドはズズズズっと動き始めた海を注意深く見ながら「ああ」とちいさくうなずきます。
「言づてくらい構わないけれど、カエルちゃんはどこにいるってのよ」
カレンは海底につっぷしたまま言いました。ずっと起き上がらないので心配でしたが、どうやらもうだいじょうぶそうです。
「あいつも『王』だぞ。どこにいるかなんて決まってらぁ」
せり上がった海が、雪崩みたいに海底に流れこんできました。シンドバッドが割った海も、もうもとどおりになるときがきたみたいです。
「敵の大将のとこだよ」
言葉が聞こえたかと思えば、割れた海がもどってきて、三人はもういちど海に飲まれてしまいました。
*
押し合いへし合いではどっこいどっこいか、もしかしたら負けてしまいそうだって思ったフロッグ王は、ネネに掴みかかって押さえこむことにしました。
ですが、掴みかかったはいいものの、押さえこんで押し倒すことはできませんでした。荒れた海に浮いたグラグラする小舟の上ですのに、ネネは、びっくりするくらいの足腰の強さだったのです。
「わわっ! そんな、あたちには愛する旦那さまが……だからだめー!」
力任せに抵抗されます。そしてその力は、お相撲の得意なフロッグ王ですら振り払われてしまいそうなほどでした。
「ええい、まだとぼけるのか!」
フロッグ王からしたら、ネネは間違いなく敵対しているのに知らんぷりしているようにしか思えませんでした。ですけどネネの反応がおかしいのでフロッグ王もうまく力が入りません。
「強引なのはすてきですけど、でも」
ネネのほうは逆に真剣になってきました。フロッグ王の腕を掴んで、ぎゅっと力を入れます。
「だめーっ!!」
グイッとひねって、フロッグ王をお船に叩きつけました。
「ゲロ、ゲーロ……」
女性に力で負けて、なによりお得意のお相撲で負けて、フロッグ王はぐったりしてしまいます。
「アララ。なにやってるのよ。フロッグ王」
流れ着いてきたカレンがあきれたみたいに言いました。