とあるお船の上。
「かああぁぁああ……くわぁ」
甲板の真ん中で寝っ転がって、おだやかなお空をながめます。おっきなおっきなあくびをして、シンドバッドは出てきた涙をごしごしこすりました。
「……ひま」
「おい! シンドバッド!」
ゆったりまったりしていたところに大きなお声で言われたので、シンドバッドはびっくりしました。お声のしたほうを見てみます。寝っ転がったまま。
そこにはフロッグ王が腕を組んで仁王立ちしていました。スカイブルーの髪をオールバックに撫でつけた小柄な王さまです。
「なんだフロッグ王か」
「なんだとはなんだ! おれおまえに説明したよな!?」
「なんどもきいてるよ。フロッグ王の好みは、お淑やかな中に強い芯を持ってる、まだまだ純粋で潔白な少女」
「そうそう、それそれ! ……ってちゃうわ!」
「んあれ? 違ったっけ?」
「いや違わないけど! そうじゃねえ!」
どしんどしんと甲板を踏み鳴らしてフロッグは怒ります。おっきなお船ですのに、フロッグがそうしますと、お船全体がすこし揺れた気がしました。
「戦争だってんだよ! 『童話の世界』全体の危機だ! おまえにも無関係じゃねえんだぞ!」
「フロッグ王、あれ」
シンドバッドはお空を指さして言います。ちなみにまだまだシンドバッドは寝っ転がったままです。潮風でバキバキになった長い黒髪を甲板に放り出したまま。
フロッグはイライラしながらシンドバッドの指さす方を、お空を見上げました。
「カモメが飛んでらぁ」
フロッグはなんだか、頭の中でなにか、すごい音がした気がしました。
「シンドバッド!!」
さっきよりもずっと、思いっきり甲板を踏み鳴らします。おっきなお船がひっくり返りそうなくらいにかたむいて、シンドバッドがごろんごろん転がっていきました。
*
シンドバッドをおすわりさせて、フロッグ王は仁王立ちで怖い顔をします。がんばって見下ろそうとしますけど、背の高いシンドバッドはおすわりしたところで、背の低いフロッグ王の目線よりちょっとだけしか下にいませんでした。
「ゲロゲーロ。おまえはもうすこし現状に危機感を持て、シンドバッド」
「いや、でもさ」
「口答えするな!」
フロッグ王はたいへんお怒りで、シンドバッドはしぶしぶ黙るしかありませんでした。
「べつにふだんおまえが、どこでなにしてようがおれは気にしねえ。だがな、いまは『童話の世界』の危機だ。なにより、水上・海上でまともに戦えるのは、おれとおまえくらいなんだぞ」
「まあねえ……」
口答えしても怒られるので、とりあえずシンドバッドはうんうん頷いておきます。あくびが出そうでしたけどがんばってこらえました。いまあくびなんかしたらまた怒られますからね。
ほんとうはなんとでもなると思いました。遠くからでもすごい攻撃ができるベア王もいますし、海の上で戦えなくても、上陸されてから戦えば負けはしないでしょう。アリスでもエラでもアラジンでも、ドロシーでもメイジーでもカレンでも、地上ならそうかんたんに負けない仲間はたくさんいます。それにいざとなったらリトル王がなんとでもするでしょうし。
「それなのにおまえはダラダラダラダラ、いつまでどこまでだらけているつもりだ?」
「や、まあ、ごもっとも」
フロッグ王の言うことはシンドバッドにだってわかっています。そんなことはわかっているから、あらためて言われてもなんとも思いません。だからシンドバッドはぼけぇっとしてお空をすこし見上げました。カモメが飛んでいます。
「シンドバッド!」
「でもさあ、フロッグ王」
「ああん?」
フロッグ王は怒っていましたので怖いお声で怖いお顔をしました。でもほんとうは、フロッグ王はだいぶんと幼いお顔つきですので、怖そうなお顔を作ってもあんまり怖くありません。
「舵、壊れたんだって」
シンドバッドは操縦席を指さして言いました。
先日のリトル王の力で『童話の世界』がほんの数秒ひっくり返りました。そのときの大しけで舵が壊れていたのです。つまりお船はもう動かせません。しかたがないからぼうっと寝っ転がるくらいしかできることがないのです。
「…………」
フロッグ王はシンドバッドの指さす方を振り返って、それからもういちどシンドバッドの方に顔を向けます。もどってきたフロッグ王のお顔はちょっとやわらいでいて、そしてちょっとお困りそうでした。
「なんとかしろ」
「なんともならん」
「…………」
「……かあぁ」
フロッグがだんまりで落ちこんだようなお顔になったので、もうだいじょうぶだと思ってシンドバッドはあくびをしました。正座させられていましたけど足を伸ばしてお空を見上げます。やっぱりカモメが飛んでいました。ほのぼのです。
「そろそろ丸一日くらい経たないか? ゲロゲーロ」
フロッグ王もしかたがないので甲板に座ってお空をながめました。たしかにカモメが飛んでいます。のびのび飛んでいます。
「腹減ったな」
しかたがないから空気でも食べるみたいにシンドバッドは大あくびをしました。
「おい、あれ」
フロッグ王がどこかを指さしました。海の方です。
「ああぁ……うん?」
だるんだるんとシンドバッドがそちらを見ます。フロッグ王が指さした先を見て、なにがあるかを見つけて。
「いいねえ」
シンドバッドは笑いました。のんびりゆったりは終わり。シンドバッドの濃い青の瞳には、メラメラと青い炎が見えるみたいでした。
――――――――
ギギギギギギ……!すこしずつすこしずつ、でもたしかに扉は開きます。『童話の世界』と『怪談の世界』が繋がっていくのです。
「押せええぇぇ! フロッグ王! あとすこしだああぁぁ!!」
開いていく扉のさきから、誰かの声が聞こえます。ですけどもうそろそろ、カグヤの意識も限界でした。だんだん、だんだん、目の前が暗く……。
「ゲロゲーロ! まったく、王使いが荒いってんだ、シンドバッド!」
バシャバシャという水を蹴る音と、そして最後にかけ声が。
「もうひと押しだ! いくぞ、シンドバッド!」
ドオン!と一気に扉が開いて、おっきなお船がカグヤたちのまえにあらわれます。
「はっはあぁ! 新しい冒険の幕開けだ!」
とうっ!と、シンドバッドはお得意のサーベルを持って、船首から海に跳びました。向かうのは、海水がせり上がっておっきな怪物みたいになった何者かへ。カグヤたちを捕らえた、その妖怪へ。
「『
その頭からつま先までをまっぷたつに縦に割るみたいに、ひと息に切り裂くのです。
「さて、こんどの冒険は、オレを楽しませられるかな? ワクワクするぜ」
海底に立って、雨みたいに降る海水を受けて、シンドバッドは笑いました。