「クラウン王!」
気分が悪そうなクラウンをモモが心配します。モモはとっても優しい子なのです。
「ほうっておいてもだいじょうぶですよ、モモくん」
カグヤは優しくありませんでした。じとーっとしたお目めでクラウンを見ています。どうせいつもどおりお身体が弱いだけなのだと思ったからです。(とはいえ気分がすぐれないのはたいへんで、心配しなきゃいけないことですけどね)
クラウン王の気分をなんとかよくしてあげようと思ったモモでしたが、カグヤに言われたら引き下がるしかありません。ほんとうは狭いお船の上ででもなんとか場所をあけて横にさせてあげようと考えていたのですが、お背中をさするだけでやめておくことにしました。
「きみは優しいなあ、モモ」
クラウンはつらそうにしながら言いました。背中をさすってもらってすこし元気になったのでしょうか。海のほうを見るのをやめて、モモをいちど見ます。モモはすこしだけいやな気持ちになりました。
モモは、クラウン王のことはよく知りませんが、お身体が悪いことも頼りないところも、ふだんからおかしな言動ばかりしているのも、あんまり気にしていません。そんなことじゃモモは相手を判断しないのです。
ですけど、間近で見たクラウン王の仮面が、なんだか気色悪かったのです。まっ赤なおっきなお口でずっと笑っているだけの仮面です。それはたしかになんとなく気色悪いものなのですが、そういうことじゃなくって。
なんだかその仮面は、この世界のどんな物質とも違うもので造られているかのような。そんな変な気持ちにさせられたのです。
それでなんとなく『うわっ』ってなっていたときでした。
「たいへんたいへん。えらいかた! 気持ち悪いの?」
小舟のうしろからバタバタとしてネネがやってきたのです。ぐらんぐらんお船を揺らして、ひっくり返ってしまいそうなほどでした。気分の悪いクラウンなんかはもういっかいお腹の奥からなにかを吐き出しそうになりますし、カグヤなんかは海に落っこちないようにお船に掴まるほどでした。
「え~いっ!」
かけ声といっしょにネネはどーんってクラウンをつき飛ばします。それはクラウンを心配していたモモもいっしょに押し出して。
クラウンとモモは海に落っこちてしまいました。
*
あれ?とカグヤは頭が混乱しました。
どうしてクラウンとモモは海に落っこちたのでしょう?って。
「モモくん!」
クラウン王のことはなんだか心配できる気持ちにならないカグヤでしたが、モモのことはたいへんで、すぐに腕を伸ばしました。
「カグヤさま!」
モモは海のお水を飲みながら叫びます。
それはカグヤには、助けを求める言葉に聞こえたのです。
「たいへんたいへんたいへん~!」
ですが、モモが心配していたのは、カグヤのことでした。そのことを勘違いしたカグヤは、無防備な背中をすごい力でつき飛ばされて、みんなといっしょに海に落ちてしまいます。お着物がいっきに水を吸ってしまって、身体がとっても重くなりました。もともと泳ぐのは得意じゃないカグヤでしたから、ずんずんと海に沈んでいきそうになります。ですが、なんとか息ができるくらいには耐えました。
「ね、ネネ、さん……っ! たすけて」
溺れそうになりながらカグヤはなんとかネネに言おうとしました。ですけどそんなことをしても無駄だって、じっさいはわかっているのです。
「たいへんたいへん! 溺れるなら、みんないっしょじゃないと!」
だってカグヤの背中を押したのは、そのネネなのですから。クラウンのこともモモのことも、そしていま、眠ったままのカレンのことだって持ち上げて、海に落としたのも。
ぜんぶぜんぶ、ネネのしわざなのですから。
「カグヤさま!」
溺れそうなカグヤと違って、モモは泳ぎが達者ですからだいじょうぶそうです。クラウン王を助けながらカグヤのほうにも手を伸ばしてくれます。
「モモっ……! カレンさんを!」
カグヤには誰かを助ける余裕はありません。だから自分のことだけは自分でなんとかするとして、眠ってどうしようもないカレンのことを助けに行くように、モモに言いました。モモはカグヤの言うことに従って、カレンを助けに行きます。
ひとり、カグヤは考えました。クラウンとカレンは戦えません。そしてモモはふたりを助けるのでせいいっぱいです。だからカグヤがなんとかしなきゃいけないのです。
龍を呼び出せば助かるでしょう。海から引っぱりあげてもらうのはむずかしいですが、龍を呼んでおそばにまで来てもらって、その身体にしがみつけばいいのです。たぶんなんとかなります。
「『
ですが、うまく泳げないせいで呪文もうまく言えません。だいじょうぶ。おちついて。カグヤは自分に言い聞かせます。すこしずつ混乱していたのも慣れてきて、冷静になってきました。落ち着いてゆっくり言えば、きっとだいじょうぶなのです。
「苦しいですか~?」
そんな時間はあげません。そう言うみたいに、ネネがお船の上からカグヤをのぞきこんでいました。
*
「重いですか? 冷たいですか? たいへんですね~」
おっきなお茶碗みたいな笠の下、影が差したネネのお顔はにっこりと笑っています。まるでクラウンの仮面みたいです。
気色悪くて、こわい笑顔です。
「『
こわいから、ぞっとするから。だからこそ冷静に、カグヤは唱えます。失敗したら、きっと終わります。
「『龍の……首の……』」
「シーっ!!」
カグヤの呪文をさえぎって、ネネはおっきな声を出しました。『しー』なんて、しゃべっちゃいけませんっていわれても、そんなの言うこと聞くわけありません。カグヤはそう思います。
でも、そうじゃありませんでした。
「ネネさん」
地震みたいなおっきいお声がしたかと思うと、カグヤは、そしてクラウンもモモもカレンも、
いいえ、海に
最後のひと声を出すまえに、海みたいにおっきなお手てが、カグヤのお言葉を止めました。海みたいに透き通った大きなお手ては、カグヤたちを掴んで息をできなくさせましたが、透明だからお外を見ることはできます。
「みんないっしょに沈めてあげて、シー。尻子玉は持ってきてね!」
透明のさきでネネがそう言っているのも聞こえます。ですけど海に掴まれていますから、カグヤはもう溺れそうです。息ができなくって、意識も遠くなってきました。
みなさんを助けないと。カグヤは思います。ですけど、そんな思いも海に飲まれそうです。
海に、なにか大きなものに掴まれたのです。さっきまではお船を見上げて助かろうとしていたのに、いまではそのお船を、ネネを見下ろすくらいに高いところにいました。海が持ち上がって、カグヤたちを持ち上げているのです。
なんとか……。なんとか……。カグヤは考え続けます。もうぶくぶくと眠ってしまいそうです。それでも、最後まで。諦めずに。
ギギギギ……。音がした気がしました。そうしたら海が荒れた気がして、海に掴まれているカグヤも波に揺られた感じがします。
ゆらゆらしたまま、音のしたほうを見ます。
あれ、ちょっとだけ。
『繋がりの扉』が、開いているような……?