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世界を別つ扉


 おおぉい!

 えっとえっと。どうしましょうどうしましょう。焦っていたカグヤのもとにそのお声は聞こえました。そちらを見て、そのお姿を見て、ぱあっとカグヤは笑顔になります。そのおかたを見てこんなにも嬉しい気持ちになるのはこれが最初で、おそらく最後でしょう。

「クラウン王! ご無事でなにより!」

「おお! ワタクシのことをそれほどまでにご心配いただけるとは! 女王カグヤ!」

 細長いお身体を広げて近づいてくるクラウンを、カグヤはつい押し返します。

「それはだめです」

 だまっていたら抱き着いてきそうだったのです。いくらなんでもそれはいやなのでした。

「おおっと、これは失礼」

 クラウンは一歩引いてふかぶかとお辞儀しました。頭に乗っけた王冠が落ちそうになるのをなおしながら、すぐに背筋を正します。

「ともあれ合流できてほっとしましたぞ。ワタクシひとりですと心細いですからな」

 お胸に手を当てて、冗談みたいに大袈裟にクラウンは言います。

「おお、クラウン王。無事でなにより」

 ベアが大きな腕をあげて挨拶します。そのお姿を見て、クラウンはすこし首をかしげました。

「はて、なぜベア王がこちらに?」

 クラウンはあたりをきょろきょろします。

「ここは『怪談の世界』に違いありませんな。そういえば我々は社に向かっていたのではなかったでしょうか」

 ふむ。ふむ?クラウンは首をあっちに曲げたりこっちに曲げたりして考えます。そういえばクラウンはお社に入ってからずっと眠らされていたので記憶があいまいなのでしょう。

「それはあとでおはなしします」

 タマモとの戦いをぜんぶおはなししていると日が暮れてしまいますからね。カグヤはとりあえずそう言いました。

「それよりまずは」

 カグヤは海のほうを見て言いました。

 そうです、まずは『怪談の世界』から『童話の世界』に還らなきゃいけません。

 海の上にぽつんと見える、『繋がりの扉』を通って。


        *


「ほう、あれは遠いですなあ」

 おでこにお手てで傘を作ってクラウンは遠くをながめます。『童話の世界』に還るための扉はそこにあります。ですけど、それは海の上で、そこまで海を渡る手段がカグヤたちにはありませんでした。

「女王カグヤの龍に乗っては」

「龍は『繋がりの扉』を越えられません。扉までは行けても、扉を通るときはいちどいなくなってしまいます」

「ふうむ」

 それでも無茶をすれば扉を越えることはできるでしょう。ですけどそれじゃ、いちど海に浸からなきゃいけません。それはちょっとみっともないです。

 それに、扉のさきの『童話の世界』だって海のはずです。海の上の扉が繋がるさきは海だって決まりがあるのです。龍に乗って海に浸かって、そのまま扉を越えて、向こうの海でもういちど龍を呼び出す。それでいちおうは解決するのですが、でもやっぱり、手間ですし、みっともないでしょう。

「それに海もすこし荒れています。モモくんやカレンさんはまだ目が覚めませんし、抱えて海に入るのもあぶないかもしれません」

「それとすまん。わしももう時間だ」

 カグヤとクラウンのおはなしにベアが割って入りました。見ると、ベアのお姿がはんぶんくらい透明になっています。

「ドロシーの瞬間移動に時間制限をつけてもらった。一定時間でわしはもともと、わしの屋敷に還れる手はずであった」

 すまぬな。傲慢なベアにしては申し訳なさそうに渋いお顔になります。

「いいえ。ベア王のおかげでモモくんの救出はうまくいきました。まだ目は醒ましませんが、わたくしが起きたときみたいに、カレンさんに頼めばきっと」

 言いかけていますと、ちょうど「ううん」と、モモがうなって起きました。

「ここは……か、カグヤさま!」

 お目覚めばかりのぼやぼやはすぐに吹き飛んで、モモはカグヤの足元にひざまずきます。

「モモくん!」

 カグヤもびっくりして、すぐにモモに抱き着きました。おそばでクラウンが、「ああ、そうか」となにかに納得しました。

「か、カグヤさま! ご無事で!?」

「それはこちらの問うことです。どこか身体に異常はありませんか?」

 心配してカグヤは、抱き締めたモモを離して、そのお身体をすみずみまで確認します。モモもカグヤに言われたので、自分でも自分を確認しました。まだちょっと頭は混乱しますが、身体に異常はないようです。

「五体満足不足なく。このたびはカグヤさまやみなみなさまに多大なるご迷惑とご心配を」

「よい、モモ」

 律儀で責任感が強いモモの感謝と謝罪は長く続きそうなので、びしっとベア王が言い放ちました。

「それより本当に時間だ。わしは還る。カグヤ、クラウン。貴殿らも無事に還るように」

 マントをはためかせてベアは言います。還ったら一杯やろう。そう言って消えてしまいました。


        *


 ベア王がお還りになって、すこし静かな時間が流れました。ざざざざ。海の波の音が三回くらい聞こえたころ、カグヤがお口を開きます。

「べつの扉に向かうべきでしょうか」

 戦争が始まって、『童話の世界』と『怪談の世界』を繋ぐ扉が生まれました。いくつかはもともとあったものですが、そもそも普段は神さまにお願いをしないと通れないものでした。それがいまでは自由通行になっているのです。それにむかしからあるのとは違う扉もこの戦争のあいだだけ生まれているってはなしです。

 とはいえ、カグヤは『怪談の世界』に来たことないですし、どこに扉があるのかは知りませんでした。海辺に降り立ったのも遠目に扉がひとつ見えたからなのです。でも降りてみますと、じつはとっても通りにくい場所に扉があったってことでした。こうなればまたべつの扉を探すしかないような気がします。

「ひとつ気になるのが、女王カグヤ」

 クラウンはまだおでこに手を添えて遠くを見るようにしていました。その格好のままおはなしします。

「あの扉、とっても大きいですな」

 言われてみてカグヤも両手をおでこに当てて遠くを見ます。

「言われてみれば」

 遠くに見えますからちいさく感じていましたが、たしかに遠くにあるわりには大きく見えます。近づいたらもっと大きいでしょう。たぶん龍の大きな身体でもかんたんに通れてしまうくらい大きいです。だからって、龍は扉を通過することができないのは変わりませんけど。龍が扉を通れないのは大きさのせいじゃなくて、そういう決まりだからなのです。

「たとえば、船を調達できれば、それで通ることができそうですぞ」

 クラウンが言います。それはそのとおりかもしれませんが、しかし敵地で船を調達するのはむずかしい気が、カグヤにはしました。

「そんなに都合よくお船なんて」

 そういえば、さっきから波の音に紛れてなにかが聞こえていました。なんだか急に気になってカグヤはそちらを見てみます。

「小豆磨ぎましょ、しょきしょき」

 誰かがなにかを歌っています。カグヤたちには背を向けて、かがみこんで川でなにかをしているのです。

「うーん」

 そしてそのおそばには小舟がありました。ですけどカグヤはぜったいに心配でした。ここは敵地です。かんたんに船なんて借りられるはずもありません。ぜったいにやめておいたほうがいいです。

「おおぉい。そこなかた!」

 ですけどクラウンは行ってしまいました。カグヤは心の中で『ああぁぁ!』ってなります。でももう遅いです。歌っていた誰かはこちらを振り向いてしまいました。





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