「痛っ……!」
痛いような気がしてカグヤは顔をしかめます。剣で攻撃しようとしましたが、掴まれている腕のほうに剣が握られていましたから動かせません。
タマモはぎゅうぅっとカグヤの腕を掴んでいます。それが痛いのです。タマモの腕の傷がカグヤの腕に移ったみたいになっていたのはなくなっています。ただただ掴まれているのが痛いのです。
「女王カグヤ!」
攻撃できないカグヤのかわりにベア王が拳を振るいました。ですけどそんな攻撃はなんでもないみたいにタマモはおっとりしています。じっさい、ベア王の拳がぶつかるころには、タマモの姿は煙みたいに消えちゃっていました。
「気のせいやったわ」
もういちど、タマモはお社の奥のご自分の席でくつろいでいました。あっちにいったりこっちにきたり、どこにいるのかはっきりしません。
「あての傷も、カグヤちゃんの傷も。どれもこれも、幻」
ばあ。と、こどもをあやすみたいに両手で『ぱー』をつくって、タマモはコンコンと笑います。ずっと遊んでいるだけで、いつまでも戦う気なんかないみたい。カグヤはなんだかそんな気がしました。
「怪我はないか、女王カグヤ」
「いいえ、ベア王。痛みを感じたのは一瞬。傷ができたのも見ました。でも、つぎの瞬間にはぜんぶなくなっていたのです」
「面妖な」
ベア王はむずかしいお顔になります。妖怪たちは誰も彼も、嘘をついたり騙したり、迷わせたり驚かせたり、困ることをいろいろやってくるものです。ですけど、タマモのそれは、ほかのどんな妖怪よりもわけがわかりません。
「ですけどベア王、ひとつだけ」
「なんだ?」
また見失ったりしないように、ふたりしてじいっとタマモを見つめながらおはなしします。カグヤにはひとつ気になったことがあったのです。
「さっきわたくしの腕を掴んでいたのは、間違いなくタマモさんが自分で掴んでいたって感じでした。幻覚だとは思えません」
「であれば」
ベア王はすこしだけ考えます。
「たとえばタマモは姿を消すことができ、消えた実体とはべつの幻覚を生み出すことができる。実体が攻撃のために姿をあらわすときに幻の姿を消してしまえば、まるで瞬間移動したように見えるな」
ベア王の考えをカグヤは考えました。そういうこともあるかもしれません。ですけど、なんとなくカグヤには腑に落ちませんでした。とはいえ、ベア王の考えどおりでもおかしなことはないので「そうかもしれません」とおこたえしておきます。
「このわしに、『見えぬ姿』で対抗しておるというなら、思い上がったものだ」
ベア王はマントをはためかせて一歩を踏み出します。大きな片腕をあげて、なにかに指示を出すみたいに構えました。
「カグヤ。ひとつ頼まれてくれるか」
それからベアは『耳には聞こえない声』でカグヤに頼みごとをしました。ベアは物造りの得意なハピネスととくに仲良しなので、いろんな不思議な武装を数えきれないほど持っているのです。
「ベア王! それは」
ベアの頼みごとには問題があります。それがわかってカグヤは声をあげますが、ベアは黙ったままお口を開いて、ご自分の喉のあたりを指さしました。たぶん黙ったままでおはなしができるという意味です。カグヤは心で強く念じてベアにおはなししました。
『それはあまりに危険です。ベア王』
『基本性能は目くらましだ。わしらに危険はない』
『ですが』
『完全ではない。だから女王カグヤに頼んでおる』
『……わかりました。やってみます』
しぶしぶカグヤは受け入れて、準備をしました。タイミングを間違えたらおしまいです。ベアの動きをしっかり見ていなくてはいけません。
それではそろそろ、目的をはたしましょう。
*
指揮を執るみたいに掲げた腕を、ベア王は強く振るいおろします。
「『
その攻撃には時間差があります。だって、世界の垣根を超えて、ベア王のお屋敷から飛んでくるのですから。
ひゅううううぅぅ。と、風を切る音が聞こえます。目を閉じて、音を聴いて、カグヤはタイミングを見計らいました。
「『
龍を呼び出す宝珠を取り出し、念じます。そこにもすこしの時間差があります。遠いところにいる龍を召喚する必要があるからです。
「なんの気ぃかしらんけど」
見えなかったタマモが見えるようにあらわれました。そこは、ベアとカグヤのうしろです。ベアの肩とカグヤの肩をそれぞれ抱き寄せて、いっしょのところに掴んで離しません。
「仲間外れはやめぇや。死ぬならいっしょやで」
コンコンと笑います。きっとタマモは、自分だけは死ぬ気なんかありません。ベアとカグヤを逃がさないようにして、おんなじ攻撃を受けさせようとしたのです。
「ぬははははは」
ベアは笑いました。いいえ。
「愚か者は、わしらを本物だと思ったらしい」
ベアのようなにせものが笑ったのです。そしてそのにせものは、煙みたいに消えました。
「……一本取られたわ」
本物のベアとカグヤを振り返って、タマモは笑います。本物はとっくに龍を呼び出していて、その背に乗っています。ベアとカグヤだけじゃなく、倒れたカレンや、眠ったままのモモとクラウンもいっしょに。
ドォオオオオオオオオォォンン!!
世界を割るくらいの大きな音が、お社に落ちてきました。お社がぐしゃりとつぶれる瞬間に龍は飛び立って、爆風に乗って逃げていきます。勢いがすごかったから、みんな振り落とされないように必死で龍にしがみつきました。
お社から離れて、海辺に龍が着地します。世界を超える扉は狭いですから、龍からはいちどおりなきゃいけないのでした。
「みなさん、無事ですか」
カグヤがみんなを確認します。ひい、ふう、みい。うん、どうやらみんなだいじょうぶそう……。
「あれ?」
カグヤの背筋が凍りました。
……どうやらひとり、足りません。
――――――――
「あっはっは。ほんま『童話の世界』はすっごいわあ。あないなおっきい花火もあるなんてなあ」
ひとしきり笑って、タマモは落ち着きます。ちょっとこわいお顔になって、攻撃されたところを見ました。
「あてならあんなん歯牙にもかけんが、みんなを巻きこんだらどないするんや。さいわい、だぁれも傷ついとらんけど」
ふう。と、息を吐いて落ち着きます。おっきな九本のしっぽをひと振りして、立ち上がりました。遠くを見ますと、世界の端っこ、海辺に、カグヤたちは着地したみたいです。
「あてらが悪いわなぁ。モモくんとっ捕まえて待ちかまえとったんや。やけど、おどれらやりすぎや」
細い腕を一本、お空に伸ばして、タマモは考えます。どれくらいの痛みが、ちょうどいいでしょうか。
「差し引き、そうやな。首ひとつ」
そう思います。タマモは最強の自分になって跳んでいこうとしました。
ですけど気づいたのです。首ひとつはいつのまにか、自分のうしろにいることに。
「おどれの首で……!?」
振り返って、その首を取ろうとしました。ですけど、あんまりにびっくりして、その動きも止まります。
「久しぶりだ、タマモノマエ。以前
誰かが、言いました。
「なんで、ここに……」
言いかけて、気づきます。
そなら、この戦争は……。
「そういうことだ」
誰かがおこたえくださいました。
「悪いがおまえは退場だ。おまえだけは、『童話の世界』の分が悪い」
誰かが言うことに、タマモは逆らってみようかと思いました。
ですけど、そんなことはできません。
そういうふうなのが、彼ら彼女らなのです。
そういうふうに、できているのです。
「このあたりめちゃくちゃなったん。なんとかしてくれはります?」
「いいだろう」
誰かがそう言うので、あきらめてタマモは座りました。
「『
タマモは自分で唱えると、石になってしまいました。お墓みたいな石に、しめ縄が巻かれています。タマモはタマモを封印したのです。
その姿を見て、誰かはため息をついてうなだれます。ですけど、頭に乗った大きな王冠がずり落ちそうになったので、すぐに姿勢を正しました。ニッコニコに笑った仮面をつけて、お社の屋根から飛び降ります。
そうして誰かは、みんなが心配するまえにカグヤたちに合流しないといけないと、急いで海辺へ向かったのでした。