新しいお客さまに対して、タマモはにっこりとお迎えの笑顔を向けました。小首をかしげるのといっしょに、チリンと鈴の音が鳴ります。
「ぬ……?」
その音が鳴ると、ベア王はすこし、ふらりと足元がおぼつかなくなりました。
「ベア王!」
カグヤはあぶないと思って声をあげます。それを聞いてベア王は我に返ったみたいで、自分で自分のお胸をたたいて、ぶるぶると頭を振りました。
「すまん、女王カグヤ」
続けて両方の頬をバンって叩いて、しっかりとお目覚めします。
「タマモさんは幻術を使います。気をつけてください」
「そのようだ」
首を回してベアも気合いを入れました。やってくるってわかっていれば幻術も怖くないのです。
「ええ夢見せたろうってだけやん。そない嫌がらんでも」
コンコンとタマモはおかしそうに笑います。そのうしろで黄金のしっぽがゆらゆらと揺れていました。
「わしらは現実を生きておるのだ」
「『
「ぬははは。それもそうだ。だが、ここはもう物語の続きだぞ」
大きなマントをなびかせて、ベア王は言います。そろそろおはなしはおしまい。戦いを始めなきゃいけません。
「現実でも、誰も迷うんやで」
タマモはとてとてとすこし歩きました。ゆらゆらと続いて揺れるしっぽが幻みたいにぼやぼやしています。
「ぼっちゃん嬢ちゃんだまくらかすなんて、おちゃのこさいさいや」
タマモはその繊細なお手てで、細い指先で、狐のお顔を作って笑いました。
そして霧に隠れるみたいに、いつのまにか消えています。
*
「消えましたね」
「そのようだ」
カグヤとベアはかんたんに確認して、あたりを警戒します。おたがいに背中を向き合わせて、守り合うように立ちました。
「ところで、ドロシーはどこに?」
「わしと入れかわりで屋敷にもどった。その後は予定通り、女王アリスを追うだろう」
「そうですか」
カグヤはちょっとがっかりしました。ドロシーとはもうちょっとおはなししてみたかったのです。
でもまあ、還ったらいつでもおはなしできるでしょう。そのためにもここを生きて還らなければいけません。
「すまぬな、女王カグヤ」
急にベアが謝ったのでカグヤは首をかしげました。思い当たることがないのです。まさかカグヤがもうすこしドロシーといっしょにいたかったなんてことには気づいていないでしょうし。
「ドロシーの『自身以外を移動』させる技は一日に一度までだ。本来ならモモの救出に使うべきだった。すべてはわしのわがままだ」
「お気になさらないでください。どうせわたくしたちならモモくんを救えるんです」
ぬははははは。ベアはちいさく笑いました。そのとおりだと思ったし、それに、なんだか以前より女王カグヤが頼もしく思えたのです。
「では、しかとやり遂げよう。わしのせいで負けたとなれば、格好がつかんからな」
そう言ってベア王は、背中にいるはずの女王カグヤを振り向きます。
「おはなしは終わり?」
ですが、そこにいたのは、消えたはずのタマモでした。
「ほなら、いくで」
タマモは拳を振り上げます。気づかないうちにうしろにいたタマモに、カグヤは反応が遅れました。でも、ベアは笑います。
「
ドドドド!と、見えない銃声が
*
「きゃあ!」
女王カグヤの声が聞こえました。びっくりしてベアは攻撃をやめます。
攻撃した場所を見ると、タマモの姿はもうなくなっていて、そこにいたのは女王カグヤでした。ベアの攻撃で腕を怪我しています。
「女王カグヤ!」
ベアはあわててカグヤを気遣いますが、うつむいたカグヤがこっそり笑うのを見て間違いに気づきます。
「ベア王! それは」
カグヤの声がまた、べつの場所から。
「まやかしか! ぐぬう!」
攻撃をやめてしまって、無防備に偽カグヤのほうに近づいてしまったベアは、ほっぺたを引っかかれてしまいました。ぽたぽたと血が流れてしまいます。
「あらやさしい。あてを気遣うてくれはるん?」
コンコンとタマモはおかしそうに笑います。
「たあっ!」
そのうしろからカグヤが剣で攻撃をしました。でもタマモはそんなのにはちゃんと気づいていたみたいで、笑いながらうしろを振り返ります。
振り返りながら、タマモは斬られてしまいました。ですけど斬られたタマモは、また煙になって消えてしまいます。
思いっきり攻撃したカグヤの剣は、勢い余ってベアの足元に振り下ろされました。ベアを傷つけることはなかったですが、でもちょっとあぶないところです。
「ごめんなさい、ベア王!」
「大過ない。構えろ、カグヤ」
もういっかいベアとカグヤは背中合わせになってあたりを警戒します。こんどはお互いもっともっと近くに寄って、背中をしっかりとぶつけ合いました。タマモが入ってくるすきまをなくすためです。
「傷ついたんはほんまやで。もちょっとやさしくしてぇや」
およよ。とタマモは悲しみます。声がしてから気づきましたが、タマモはいつのまにか最初の場所、お社の奥の自分の場所でのんびりとおすわりしていました。座椅子の手すりにもたれるみたいにしてしっぽをふりふりしています。
タマモは腕を見せつけてきました。たしかにそこには傷ができていて、どうやらベアの攻撃があたったみたいではありました。
「痛いわぁ、痛いわぁ。乙女の柔肌にこぉんな傷つけて、ベア王さまはひどいお方や」
悲しそうにタマモは言って、血の流れるお手てを痛そうになでなでします。血が腕に伸びていって、赤いのが広がっていきます。それでもなんどもなでなでしていくと、ちょっとずつ赤いのは薄くなっていって、いつのまにか消えました。怪我が、なくなったのです。
「あら、痛いの痛いの、飛んでったわあ。どこ行ったんやろ? ううぅん?」
タマモはあたりを探しました。きょろきょろとお社じゅうを見まわして、最後にベアとカグヤを見て目を止めます。
「コンコン。そこにあったわあ。カグヤちゃんの手ぇ」
「えっ」
カグヤはびっくりして自分の腕を見ます。ベアもいっしょにそっちを見ました。
たしかに、いつのまにかカグヤの腕には怪我ができていて。
「ほら、ここに」
その怪我を痛めつけるみたいに掴んで、タマモも急に、そこにいたのです。