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物語の続きでも


「ごくろうさま。ドロシー」

「シラユキさま」

 ベア王と入れかわりにドロシーは戻ってきて、そこにはシラユキ女王がいらっしゃいました。それらはぜんぶ、予定通りです。

「とくべつな転移はうまくいった?」

「はい」

 シラユキの質問にドロシーはちゃんとおこたえします。だからシラユキはすこしだけおかしいわと思いましたが、まあようやくドロシーもシラユキじぶんに慣れたのかしらと思ったくらいでした。

「ベアにも困ったものだわ。本来、彼はここを守っていなくてはいけないのに。まあ元来好戦的で、なにより持っているものを見せびらかしたい性格だから、守るなんてのは性に合わないのでしょうけれど」

「…………」

 シラユキのお言葉にドロシーはだんまりでおこたえします。シラユキだってお返事を期待しておはなししていたわけではないのでお返事がなくっても構わないとは思いましたが、でもやっぱりドロシーらしい様子じゃありません。見てみると、ドロシーはなんだかうつむいて、辛そうなお顔をしていました。

「ドロシー?」

「……はい」

 シラユキがドロシーを呼んでも、なんだか上の空なお返事です。これはいよいよおかしいです。

 そういえばアリスが『怪談の世界』とのおはなしに行ったとき、ドロシーのにせものに会ったっていう話を思い出しました。だからシラユキはほんのすこしだけ警戒します。

「シラユキさま」

 こんどはドロシーから話しかけてきました。シラユキは身構えます。女王シラユキに対して自分からなにかを話しかけてくるなんてのは、やっぱりドロシーらしくないからです。

「わたしが、もし。……もしも勇敢で、賢くて、優しかったら。わたしは。わたしは、アリスさんとならんで」

 ドロシーはドロシーでした。タマモに見せられた夢を思い出して、なんだか悲しい気持ちだったのです。

 ほんとうはアリスだって、こんな弱虫で泣き虫で頼りないドロシーなんて、お友達だとか思っていないんじゃないかって。そんなことあるはずないのに。それでも、それくらいアリスと自分は違うって、そう思って悲しんでいたのです。

 だから知らないうちに涙が出てきて、悲しいことをおはなししてしまって、ドロシーははっとしました。

「ご、ご、ご、ごめんなさい! シラユキさまにへんなこと言っちゃって」

 泣いたドロシーを見て、いつも通りになったドロシーを見て、シラユキもドロシーが本物だってわかりました。あいかわらずだわ、この子。そうも思います。そう思って、笑ってしまいます。

 だからドロシーは、もっともっと申し訳なくなって、あたふたしてしまいました。

「ドロシー」

「は、はいいいぃぃ!」

 あたふたしたドロシーも、シラユキの呼びかけにはピィンと背筋を伸ばしておこたえします。たぶんぜったい間違っているのですけど、とりあえず敬礼みたいなこともしてしまいました。

「はやくアリスを助けに行きなさい。アリスだって、あなたに会えなくてさみしがっているわ」

「え? はい。でも、えっと」

「ベアは一定時間で戻るのでしょう? じゃあいいわ。それにわたしも、ひとりでやることがある」

 最後はすこしこ怖いお声で言われたので、ドロシーもそれいじょう口答えはできませんでした。ほんとうは女王シラユキにひとりでお留守番させるなんて危ないんじゃないかと思っていたのですが、そんなふうに女王さまであるシラユキを心配するなんて、おこがましい気がしてしまいます。

「じゃあ、わたしはこれで」

「ドロシー」

「はいいいぃぃ!」

 銀の靴を合わせようとしたところでまたお声をかけられて、ドロシーはびっくりしてずっこけそうになりました。がんばって足に力を入れてピィンとまっすぐ立ちます。

「わたしは、アリスほど自由で気ままで、勝手な子を他に知らないわ」

「は、はい」

 悪口なのでしょうか? そう思いましたが、シラユキの口調はそんな感じがしませんでした。それに悪口だったとしても、シラユキ女王に『こらっ』て怒るなんて、ドロシーにはできません。

「アリスは好きなことしかしないわ。嫌いな子といっしょにいようとなんかしない。アリスがあなたを好きじゃなきゃ、アリスはあなたに会いに行ったりなんかしない」

 それだけ言ったら、シラユキはお手てを振って『もう行きなさい』ってやりました。ドロシーはすこしだけ女王シラユキのお言葉を考えて、それがわかって、すこしだけお顔が熱くなりました。

 ぺこりとお辞儀をして、それから銀の靴を合わせます。瞬間移動でもういちど、『怪談の世界』に行くのです。

「……勇敢で、賢くて、優しい」

 ひとり残ってシラユキは、ドロシーが言っていたことを自分で言ってみます。それからドロシーを思い出してみて、すこしだけ笑いました。

「そんなのとっくにできてるわよ。あなただって主人公なのだから。そう」

 シラユキがひとりになったのを見越したみたいに、ベア王の玉座のうしろがだんだんと凍り始めました。

「物語の続きにあって、それでもあなたは、ドロシーあなたとアリスだけは、まだまだ主人公なのよ」

 わたしたちとは違ってね。シラユキは思います。

「ねえ、スノウ?」

 シラユキは玉座に腰掛けたまま、振り返りもせずに言いました。ごうごうと体温をあげて。這い寄る氷を押し返すみたいに、炎を燃やして。


        *


「アリス。ベア。ベート。リトル。そしてシラユキ」

「…………」

「かつて五人で、ようやっとわらわを封じたきさまらじゃ。いまさらひとりでなにができる? シラユキ」

「あのときは総意にしたがっただけ。五分の四の意見にね。だけどいまなら、一分の一」

「なにを言うておる」

「封印なんて生ぬるいことをするからめんどうごとが増えるのよ。いらないものはぜんぶ燃やして、掃いて捨てればいいってこと」

「シラユキ。きさま」


「『装丁結界ランページ』。『焦鉄しょうてつの舞踏会』」


「き、さま……。正気か! それが、それが」

「これが主人公のやることよ。もう物語は続編に入ったの。誰も彼も、美しいだけじゃない。こどもはおとなになっていくし、いつまでも夢見る少女じゃいられないわ」

「ぐ、ぬううぅぅ!」

「わたしとあなたじゃ相性が悪いでしょう? あきらめて現状で満足しておきなさい。それとも、わたしと踊ってみる?」

「シラユキ! きさまがそのつもりなら、わらわにも考えがある。待っておれ。次に会うときには、わらわもそのつもり・・・・・で、まみえるからな!」

「おぼえておくわ」


 ごうごうと盛る炎も、すべてを止める氷も消えて、ベア王のお屋敷はいつも通りになりました。ふう。と息をはいて、シラユキはぐったりします。

 まだ、こんなんじゃだめ。もっともっと、心を強く持たないと。

 そうでないと、物語の続きではやっていけません。だってここには、もう筋書きもなければ、結末も決まっていないのですから。

 どんな理不尽が起きるとも知れません。どんな困難が起きるとも知れません。

 ここはもう物語の中じゃ、ないのですから。





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