斬られてまっぷたつに、上と下にわかれたタマモは、斬られたところからほどけていくみたいに消えていきました。
だから。
「ひどいことするわあ」
カグヤはタマモが生きているとわかりました。斬ったのはほんものじゃなくて、そしてほんものはいま、カグヤのうしろにいるのです。
「『
そうだってわかったから、カグヤはごうごうと燃える羽織をまといました。近づくだけでも火傷しそうな羽織なら、うしろからの攻撃もかんぺきにふせげるのです。
「夢は夢。幻は幻や」
ですけど、うしろの気配を感じてみますに、タマモは攻撃の勢いを弱めません。火鼠の皮衣に触れようものならたいへんなことになってしまうのに、です。
「あてを誰やと思うとるん?」
どうするのかはわかりませんが、でも、タマモは攻撃するつもりです。それがわかったので、カグヤもまだまだ動かなきゃいけません。
「あてはタマモちゃんやで」
「『
タマモの攻撃が届くほんのすこしまえに、重力をあやつる武装でタマモを押し返します。そうしますとタマモはうしろの壁にまで吹き飛ばされてしまいました。
「いっ」
ですけどぎりぎりタマモの攻撃は届いていたみたいで、カグヤの腕が一本、切り落とされてしまいました。
「『
それでも、武装が使えるなら身体は問題ありません。腕が切り落ちるくらいの傷はとってもとっても痛かったですが、それはすぐにもとどおりになるのです。
「おてんばやなあ。雅やないよ、カグヤちゃん」
吹き飛ばされて叩きつけられた壁から離れて、タマモはへいきそうに歩きます。カグヤのほうへ、一歩一歩。
「で、
上唇をちょっと舐めて、タマモは笑いました。コンコンっていう笑いじゃないです。お口でだけこっそり笑うほほえみです。
銀のお目めは笑わない、怖い笑顔です。
「あとは、龍を呼べる宝玉がありますけど、移動でしか手を貸していただけない契約です」
ぶんぶんと宝剣を振り回して、ゆっくり止めます。そうやって身体の調子を確認して、カグヤは構えました。燃える羽織と、重力をあやつる貝殻、身体を元にもどす古鉢は消しておきます。
「あなたに効きそうなのは、この宝剣くらいですね。ですけどまだ、なにかからくりをとかなきゃいけないみたいですけど」
こんどはコンコンって、タマモは狐みたいに笑いました。それを見てカグヤは、考えたことがあたりだってわかります。
とはいえ、けっきょくタマモの謎はすぐにはわからないのですけど。
*
「カグヤちゃん、不老不死なんやろ?」
「ええ」
タマモは急に隙だらけにあくびをしました。戦うんじゃなくっておはなしがしたいって感じです。だからって油断はできませんけど、カグヤもタマモの弱点を見つけるまでゆっくりしたい気持ちがありました。
「それって、『童話の世界』やとよおあらはるん?」
「……さて、どうでしょうね」
カグヤはごまかしました。ほんとうは『童話の世界』でだって、完全な不老不死ってのはカグヤくらいしかいません。あとはせいぜい、シラユキが特別な条件で死なないってくらいです。でも、敵にそんなことを素直に教えるわけにはいかないのでした。
「『怪談の世界』じゃ、べつに珍しゅうもないけどな」
ほんとうになんでもないように、うーんって伸びをしてタマモは言います。カグヤは驚きました。自分みたいなのはほんとうにとくべつで、めったにいないものと思っていたからです。
「いまは西洋妖怪んとこでお世話になっとるゴストってのもな、もとは
カグヤにとってはちんぷんかんぷんですけど、その名前は知っている名前です。『童話の世界』に一日目に攻めこんだ敵のひとりなのですから。
「まあほかにもいろいろおるんやけど。そもそも『
ふっと、風が吹いた気がしてすこし目を細めました。その隙にタマモは人間たちみたいな姿になっていて、それはつまり、獣のような毛並みも耳も、九本の立派な尻尾もなくなっていたのです。
まるで幻みたいにタマモは、ただの美しい少女みたいに、カグヤと同い年くらいの少女みたいになって、カグヤの目の前にいました。
「その事実を知っとる、あてもただの不老不死。老いることなく、死ぬことなく、永劫の虚無をたゆたうだけの、ちっぽけな存在や」
いっしょ。タマモはまるでこどもみたいに無邪気に笑って言いました。握手がしたい、お友達になりたいみたいに、カグヤに手を伸ばします。
カグヤは、ずっとずっとひとりでした。たくさんの時間を生きてきましたし、その中で、たくさんのお友達とおわかれしてきました。最初は悲しかったですけど、不老不死である自分では、そうであるしかいられないと、そのうちわかってしまったのです。
誰とも、お友達にはなれません。誰もがみんな、いつかカグヤのおそばからいなくなるのですから。
そうしていつのまにかあきらめてしまったお友達を、カグヤはこのとき思い出してしまいました。もしもほんとうにタマモが不老不死なら、それはカグヤとも永遠に、お友達でいられるってことなのです。あきらめてしまったお友達を、カグヤは見つけられたってことなのです。
「あてら、お友達になれへんやろか?」
そう思っていたところに、タマモがそんなことを言いました。
そんなことを言われたら、カグヤはもうダメです。いったいどれだけ、お友達を求めていたのでしょう。いったいどれだけ、それをあきらめてきたのでしょう。
だからカグヤは、手を伸ばしてしまいます。
*
「篭絡されるな、女王カグヤ」
ぬははははは。おっきな笑い声が、カグヤとタマモのあいだに割って入りました。
そのせいでカグヤの目に映った幻は消えて、元の九尾の狐がいたずらなお顔でもどってきます。
「おしい。あとちょっとやったんに」
残念そうにうつむいて、そこから銀色のお目めを、タマモは見上げました。
「ガールズトークに割り込むなんてなあ、無粋な殿方やわあ」
「ぬははは、すまぬな。だが」
ドドドドドドドド! どこからか見えないなにかがタマモのいたところを撃ち抜きます。それをタマモは見えていたみたいに、簡単に避けて離れました。
「友として語るなら、殺意は消さねばならんぞ。『
「およよ。なぁんや疑われてかなわんわあ。あてがなにした言わはるん?」
「さて、なにをする気だったのだろうな?」
ちょっとみんながだんまりの時間が流れて、それからかんねんしたみたいに、タマモはこっくりとお首をかしげてしまいました。はあってため息をついて、じっとりと相手を睨みます。急にあらわれた、『童話の世界』の殿方を。
「名前、聞いとこか」
「これは失礼。わしはベア王」
ほとんどはだかの王さまは名乗ります。見えないものを見ている、見えるべきものを見えなくしている、『傲慢と
「女王カグヤの助太刀に参った」