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カレンのあこがれ


 血を、ぎゅるんぎゅるんと身体中に巡らせるのです。

 みんなよりも速く。誰よりも速く。

 全身がまっかっかになるくらいに血が回って、元気いっぱいに気分を盛り上げます。

 眠いなんて忘れて。疲れたなんて忘れて。痛いなんて忘れて。

 ただ楽しく踊るのです。

 ぱたぱた、ばたばた。

 ずっとむかしに身体から離れた両足も自分勝手に、自由気ままに踊ります。

 どんどん、どきどき。

 カレンは身体を鼓動させて飛びはねます。

 ばくばく、どくどく。

 爆発前の爆弾みたいに収縮して、その反動で飛び回るのです。

 それが、カレンのダンス。

 足は勝手に踊ります。カレンは飛びはねながらくるくるターンして、回転の力で攻撃するのです。

 足がなくなったから、そのぶん腕の力がずっと強くなりました。

 掴む力。引っ張る力。それだけだったらカレンは『童話の世界』でもいちばんってくらいに強いでしょう。

「あたしは、最強」

 そうです。それもあながち、ぜんぜん嘘ってわけでもないのです。


 飛び回る速さが最大になりました。自分勝手な足も攻撃を始めたころあいです。

 つまり、タイミングはばっちりです。

 カレンは、タマモに目いっぱいの力で飛びかかりました。


        *


「『妖怪変化リテラ―』。『九尾の妖狐』」


 どっ……!と鼓動が止まった感じがしました。わさわさとした感触をほっぺたで感じます。そのつぎに、背中から強く壁にぶつかります。呼吸がぜんぶ吐き出されて苦しくて、ちょっと遅れて頭も強く壁にぶつかりますから、クラクラしてしまいます。

「かっ、は……」

 痛くて痛くてお目めを開くのがたいへんな気がします。それでもがんばって開いてみますに、攻撃しようとしたタマモがなんだか遠くに見えました。

 それになんだか様子も変です。痛くて苦しくてちょっと涙が出ましたからぼやあってしているのもありますが、それにしてもタマモの姿が違って見えました。タマモはお着物の中ばかりが獣みたいにもさもさした毛を生やしていたはずですのに、なんだかいまは、お外に出ている手や足まで黄金色の毛でおおわれて見えたのです。

「まだ」

 ちいさな声と、チリンという鈴の音。

「ステップひとつやん」

 続きはカレンの目の前で聞こえました。タマモの銀色の瞳に、カレンが、自分が映っているのがわかるって思っちゃうくらいに近いです。黄金色に大きくなった腕がカレンのお顔をねらっています。

 だからカレンは緊張してしまって、身体中にどくどくと、また血が流れました。

「もちろん。もっと踊りましょう」

 まっかな両腕で黄金色の拳を止めます。それはさっき受けたときよりずっとずっと強く感じましたが、カレンだってずっとずっとどくどくを強くしてましたので、なんとか受け止めらました。そのまま掴んで、タマモの腕を軸にして回転します。そうしてタマモと壁に挟まれたところからカレンは抜け出しました。

「あたしのお得意はこの回転ターン足技ステップはごめんなさい。あたしのハートよりじゃじゃ馬で、言うこと聞かないのよ」

 頭を打ったクラクラが治ってきて、カレンはタマモをちゃんと見ることができました。やっぱり、さっきまでのタマモじゃありません。お着物からはだけさせた身体にまで黄金色の体毛がわさわさと生えてきて、ずっとずっと獣みたいになっています。

 それが『怪談の世界』の『最強の姿になる力』だってのはわかりました。でもそれにしても、カレンの思っていたのよりずっとずっと強そうです。いっかい蹴られて、いまも拳を受け止めてみて、ちゃんとわかりました。


 カレンのどきどきの力は、カレンのハートにかかっています。カレンの気分がいいとき。カレンが楽しいとき。カレンがわくわくしているときにしか使えません。とはいえ、カレンはもともとなんでもかんでも楽しめる性格ですので、だいたいのときはいつでも使えるようなものです。

 ですけど、相手との力の差を感じたら、それから先を楽しめる力はカレンにはありませんでした。だからカレンは中途半端なのです。

 アリスやシラユキみたいな、『王さま』の器ではないのです。自分よりずっと強い相手に立ち向かう力。たいへんな困難をどうにかしようとする力。大切なものを守るために、がんばれる力。そんな力を持った、主人公にはなれないのです。

「だけど、あこがれたのよ」

 カレンの足がタマモの注意をひきつけてくれています。そのあいだに、カレンは思い出しました。

 舞台できらきら輝いて踊る、その演者に憧れたのです。真似をして夢中で踊りました。赤いダンスシューズに憧れたのです。そのすてきな靴を履いて踊る自分を、ずっとずっと夢見てきたのです。

 強い強いあこがれは、呪いになります。カレンはズルをしてその赤い靴を手に入れました。悪いことをしたっていう意識はありましたが、赤い靴が手に入った喜びのほうが強くて、カレンは毎日それを履いて踊りました。

 踊って踊って、踊りまくったのです。そうしますといつのまにか、カレンの足は踊らないでいることを忘れてしまいました。カレンが休みたいときも、眠りたいときも、足は勝手に踊り続けるのです。しかたがないからカレンは自分の足を切り落とすしかなくなったのでした。

 でも、カレンは後悔していません。カレンは夢をかなえたのです。最強の自分になれたのです。赤い靴をはいて、踊る自分に。

 とはいっても、物語の続きにきて、カレンは思いました。

 舞台の上の主人公は、ほんとうに、きらきら輝いているって。

 最強のあたしより、ずっとずっと輝いているって。

 カレンは、もういちどあこがれたのです。

 アリスや、シラユキ。

 そして。

「ね、ドロシー」

 お隣で眠っているドロシーを見て、カレンの身体はどくんと脈うちました。

 どくどくと。ばくばくと。

 あこがれた主人公を見て、カレンの身体はまっかに染まるのです。


        *


「さ、選手交代。行ってきなさい」

 ぎゅっと、ふたつのお手てを握ります。

 カレンのどきどきが、ふたりの主人公に流れます。

「あたしの、あこがれ」

 それを最後に疲れてしまって、カレンは眠ってしまいました。

 それと反対に、主人公がふたり、目を醒まします。





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