目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

カレンのハート


 銀色のお目めをまんまるにしてタマモはおどろきました。

「なんや、おどれ」

「アッハハハ!」

 ひとつ大きな笑いを挟みまして、カレンは名乗ります。お名前を聞かれたのですから、おこたえしなきゃいけませんからね。

「あたしこそがスターダム!

 その生き様はフリーダム!

 必要なのはドキドキリズム!

 べる力はアイデアリズム!

 心を燃料に身体を動かす!

 いまこのときはあたしが主人公プリマ!」

 落ちて床に倒れたカレンはドンッ!と大きな音を出しまして、空中に浮きました。その隙にきれいな赤い靴をはいた足がぱたぱたと駆けてきまして、カレンの足とくっつきます。

 しっかりと自分の足で立ちまして、カレンは天に向かって人差し指をかかげました。

「『童話の世界』最強の踊り子、カレン! どうぞお見知りおきを!」

 アッハハハ! あわぁ! 名乗りを終えましてかっこよくポーズをキメたのに、残念ながら足がどこかへ行きまして、カレンの身体はもういっかい床に倒れこんでしまいました。

「もうっ! 格好つかないわ!」

「せやなぁ」

 倒れたところから見上げますと、タマモがコンコンと笑っています。チリンと鈴の音が聞こえた気がしますと、なんだかカレンはお目めがぼやぁってする気がしました。

 だからドンッ!って、自分で自分のお胸を叩きます。うえぇってなって吐きそうになりましたが、それはなんとかこらえました。

「アッハハハ!」

 叩いた反動でカレンは空に浮きます。楽しそうに大笑いして、そして一瞬、タマモと目が合いました。タマモはびっくりしたお顔です。銀色のお目めが、またまんまるになっていました。

「なんや、効かんのか」

 夢の中に閉じこめる幻術を使ったのに、どうやらカレンには効かないのです。まあ相手は『童話の世界』なのですから、そういうこともあるってわかっていて、タマモが驚いたのも最初だけでした。

 むしろ、ようやく楽しくなってきたくらいです。みんなみんな幻術くらいで倒れてしまいましたし、タマモは運動不足で退屈してたのですから。

「アッハハハ! 燃えるハートに眠りはないわ。だから、どうかお願いね、タマモちゃん」

 そんなふうに呼ばれて、なんだかタマモは嬉しそうです。

「どうかこの衝動につき合って。さあ、踊りましょうシャルウィダンス?」

 嬉しそうで、それでとっても怖いお顔を、に向けました。

「ほなら、ろか。カレンちゃん?」

 タマモはコンコンと笑って、そして美しい細腕のさきの、爪を光らせます。


        *


 ぐっと肩に力を入れたタマモでしたが、その力はふっと消えて、しょぼんと肩が落ちました。

ねえさんが出る幕でもありませんわ」

 しゅるしゅると首を伸ばしながらロクが言います。

 やめときゃええのに。タマモは思いましたが、あえて言うことはしません。女衆の『王』として、仲間たちが先走ることを許さなきゃいけないのです。ほんとうは、自分が戦いたかったのだとしても。

「強いやつって、だいたいうまいんだよねー」

 あーんとニロも大きなお口を向けます。

「おい、あたしが遊ぶまで待ってろ」

 ジョロウが誰よりも先に、急いで糸を伸ばします。

「まったく、みんな」

 ユキはタマモの気持ちをちょっとわかっていましたから控えめですけど、でもみんなと足並みをそろえて、ちょっと遠くから冷気を放ちました。

 みんなでそろって、カレンを攻撃します。自分で歩けもしないカレンは床に転がったまま、絶体絶命でした。

 そういうふうに、見えました。ですけどカレンは、『童話の世界』の中でも、とっても強いことで有名なのです。たとえ、歩くことができなくっても。

「アァラ。いいわよ。みんなで踊るのも、わるくない」

 ドンッ!と、お社全体が揺れるくらいの音が鳴りまして、カレンが浮き上がります。くるくるとゆったり回転しながら、カレンは妖怪たちとそれぞれ目を合わせました。ぱたぱたと赤い靴の足もせわしなく駆けまわります。

「鳴れ。あたしのハート」

 どくどくと、ドキドキと。ドンドンと!

 カレンの身体はバクバクと鼓動して、おっきくなったり、ちいさくなったりして見えました。身体中が真っ赤になって、まるで燃えているみたいです。いちばんさいしょに触れたジョロウの糸が、だからじゅわじゅわと溶けてしまうほどでした。

 ユキが冷気を出していますのに、お社の中はサウナみたいに暑くなります。ロクの首はカレンに触れる間もなく消えてしまいますし、ニロは暑くて暑くてお口を開けていられません。

「アッハハハ!」

 首のなくなったロクの頭をつかんで、カレンはユキのほうに投げ飛ばしました。ちょっと気を抜いていたユキは「へ?」とびっくりしまして、ロクのおでこと自分のおでこがごっちんこしました。それでどっちも倒れてしまいます。

 それから溶けずに残っていたジョロウの糸を引っぱりまして、それにつられてジョロウ自身がすごい力で引き寄せられます。もう強すぎて、ジョロウの身体が浮くくらいです。ジョロウは糸を自分の身体から離してしまおうと考えたのですが、そんな暇もないくらい速く、ジョロウは空に浮くくらい引っぱられてしまいます。

 引っぱられたさきにはニロがいました。ニロは暑さでクラクラしながらもジョロウを避けようとしたのですが、どこからかまっ赤な靴をはいた足がぱたぱたやってきまして、ニロをうしろから蹴っ飛ばしたのです。それでむりやりジョロウのほうにつんのめるものですから、避けることもできずにふたりはぶつかります。そうして、ジョロウとニロも倒れてしまいました。

「アラアラ、役不足だったかしら。あたしと踊るなら、もっとハートを滾らせて」

「暑ぅてかなわんわ。カレンちゃん」

 アァラ? まだ役者が残っていましたね。そう思ってカレンは、また床から、タマモを見上げます。

 お着物の中の獣が見えるくらいにはだけて、タマモは銀色のお目めを向けています。敵を、とらえるみたいに。

「あての気持ちハートも、受け止めてくれる?」

 仲間たちが倒された気持ち怒りを拳にこめて、高いところから振り下ろします。細くてきれいな、弱そうな腕ですのに、それはカレンと同じか、それ以上にお社を揺らすくらいでした。

「もちろんよ、タマモちゃん。じゃあ、りましょうか」

 爆発しそうな鼓動を鳴らして、カレンはタマモの拳を受け止めました。床に寝っ転がっていてよかったわ。そう思います。そうでなければきっと、お社の外までふっとばされていたでしょう。


 ――――――――


「じっさい、あの子の踊りってどうなのかしら?」

 シラユキが思い出したみたいに言いました。

「わしは語れるほど舞踊に通じておらんでな」

 困ったみたいにベアが言います。ほんとうに踊りには詳しくないですし、それにへたなことを言うと、女王シラユキの機嫌を損ねてしまうとも思いました。

「好きなのはわかるけれど、でも基礎がなってないわ。感情ばかりでめちゃくちゃなステップ踏んで。つき合うのもつかれるのよ」

「そうは言うが、カレンといっしょだと、シラユキも楽しそうに踊るではないか」

「なぁんかあてられるのよねぇ。あの子が楽しそうだから、こっちもつられるというか」

 不満そうにお口をとがらせていますが、でもやっぱり楽しそうに、シラユキは言いました。ふふふ。と、またなにかを思い出したみたいに笑って、「静かな踊りだけは向かないのが難点ね」と、ひとりごとみたいに呟きます。

「さて、わしは、そろそろか」

 踊りのおはなしを切り上げまして、ベアは立ち上がります。おっきなマントをはためかせて、だからはだかの身体がちらりと見えました。シラユキは頬を染めて目を逸らします。男性の身体はあんまり見たことがないのです。

「では、留守を頼むぞ、シラユキ」

「ええ、スノウは外に出さないわ。なにがあってもね」

 なにがあっても。なにをしても。そうシラユキは自分に言い聞かせます。

 やがて、そのときがきて。

 ベアが見えなくなってしまいました。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?