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千年社の妖怪たち


 じっくりねっとりと近づいてくるロクとニロから逃げるように、カグヤはじわじわと後ろに下がりました。床におしりをついてみっともなく。髪は乱れて首は折れて、片腕は食べられてボロボロで。

 カグヤはなんどもなんども思ってきたことを、もういちど思いました。こんなになっても、どうしてわたくしは死ねないのでしょう? わたくしはとっくに死にたいのに。って。

 どれだけの永遠を生きてきたのでしょう? もうカグヤは思い出せません。そうであるのに身体は成長しませんから、いつまでも少女のまま。心が追いつかないで、永遠の少女のまま。

 知っています。これは罰なのです。月から逃げたカグヤに科せられた、永遠という名の罰なのです。


「どこへ逃げるんだい? カグヤちゃん」

 お部屋のはじっこについたと思ったら、そこにはまたべつの誰かが立っていました。お社の外から戸を開けて、六本の腕を持つ妖怪がやってきたのです。

「ひっ……!」

 もうカグヤはおびえてしまって、なにが起きても泣いちゃいそうなくらいでした。折れた首を無理やり動かしてうしろを見て、そしてじっさいに泣いちゃいます。

「ひ……ひぐっ……。なんで……。なんでわたくしばっかり」

「あーあー、うるせえな。なんだよ。もう終わってんじゃん」

 そう言うとジョロウは、しゅるしゅると糸を出してカグヤに巻きつけました。お口をふさいで、もう弱音をはけないようにするのです。

 ですけど身体は自由ですから、カグヤはまだまだ、ずるずると後ろに下がって、どうにか妖怪たちからはなれようとします。

「それに腕もないじゃない。ニロが食べたの?」

 また違う声が聞こえます。こんどはぶつかったりしなかったですけど、その声が聞こえるのといっしょに、お社の中がとっても寒くなりました。

「まあ、私は足でいいわ」

 言うが早いか、カグヤの足は凍ってしまって、そのままバキバキと割れて砕けてしまいました。

「んんぅ……!!」

 お口をふさがれたカグヤはうめくことしかできません。凍ってしまって冷たいですけど、そのおかげで痛いのは感じませんでした。でも、身体がなくなってしまう怖さは何回体験しても慣れるものじゃありません。

「ああ、もう。ユキ。身体をこれ以上減らしてどうするの。いたぶる場所はたくさんあるほうがいいのに」

 ロクが言います。

「それにどうせなら、いたぶったあとはニロに食べさせてよ!」

 ニロが言います。

「つーかあたしにもやらせろよ。なにてめえらだけで楽しんでんだ?」

 ジョロウが言います。

「これでもう、カグヤちゃんも逃げられないでしょ。それに私も、ちょっとムカついてたし」

 ユキが言います。

 おほほほほほ。あははははは。いひひひひひ。うふふふふふ。よっつの不気味な笑い声がこだまして、カグヤをとり囲みます。カグヤは意識を失いそうなくらい、もう怖くって怖くってしかたがなくなりました。そして意識を失えたら楽なのに、そうも思うのです。

 ですけど、もう逃げられませんし動けませんし、お口もふさがれてしゃべれません。そうしてできることがなくなると、もうなんでもいいやって気持ちでぼうっとしてきます。

 逃げる……? また……? 妖怪たちの笑い声が遠くなって、そんなことを思いました。さっきジョロウとかユキに言われたことが思い出されたのです。

 カグヤは、もう逃げないって決めてたはずでした。月から逃げて罰を受け、地上では男性たちから逃げて物語を終えてしまいました。月にはなんにもなくてつまらなかったのです。そして不老不死なんかじゃ、どなたともいっしょに寄り添うことなんかできないのです。そんな言い訳をして、ずっと逃げてきたのです。

 また、言い訳をして逃げるんですか。カグヤは自分に言いました。せっかく物語を続けられるのに、まだまだ逃げ続けるだけなんて、そんなのはいや。

 もう逃げないこと。それがカグヤの物語の続きだったはずなのです。


「あれ……?」

 そういえばお口にぐるぐる巻きされていた糸はもうありません。ですからカグヤはなにかを思いついたとき、思いがけずに声が出ました。

 妖怪たちはまだまだカグヤをとり囲んで笑っています。もう抵抗しようもないカグヤはあおむけに倒れているしかできません。自分をこんなにボロボロにした相手、妖怪たちにおびえるだけなのです。

 でもなんででしょう? なんだかもう怖いとかいう気持ちは湧いてきませんでした。そうじゃなくって、思うのはぜんぜん、べつのことです。


 みなさん・・・・どこへ・・・行ったの・・・・でしょう・・・・

 クラウンは? ドロシーは? カレンは? モモは? タマモさんは??


 そんなことをまた、いまさら考えてもしかたがないのかもしれません。それよりも自分自身がピンチなののほうがずっと優先です。でも、もしもそれが重要なことだったら?

 それにほかにもおかしいのです。どうして武装の呪文が使えないのでしょう? みなさんがいなくなったのとおなじに、妖怪たちが急にあらわれたのも不思議です。それにカグヤは見たのです。さっきジョロウがお社の外から入ってきましたが、その開いた戸の外はまっ暗でした。夜っていうにも暗すぎる、まっ黒だったのです。

「なにか、おかしい」

 どうやらカグヤは、そろそろ気づきそうでした。


 ――――――――


 ふあぁ、あ。しなだれるように座って、タマモはおおきなあくびをひとつします。

「あても眠うなってきたわ」

 おねんねしているみんなを見てそう思いました。でも眠っちゃだめです。タマモの幻術はタマモが気を失ったらとけちゃうのですから。

「つまらんなぁ」

 お社に横になっている四人を見て、やっぱりもういっかいあくびをします。眠そうなお目めに涙が浮かんで、ぼやっとしてきました。ひい、ふう、みい、よお。倒れた者たちを数えます。

 最初から眠っているモモと、おかしな仮面をかぶっているクラウン王、怖がりな少女のドロシー。そして、カグヤ。凛と整ったお顔に、黒くて艶やかな長い髪。優雅な和装がとってもよく似合う美人さんですが、すうすう眠っていると、まだまだあどけない少女みたいにかわいらしいです。

 まあでも、そのお顔もだんだん、額にしわが寄って歪んでいくのですけど。

「なぁんや、悪ぅ夢でも見とるんかな」

 コンコン。喉の奥を鳴らすみたいにして、タマモは笑いました。

「ほんとうに、悪いお方」

 ロクが言います。

ねえさんだけは敵にしたくないよねー」

 ニロが言います。

「ま、鬼どもと違って、あたしらはケンカなんかしねえし、関係ねえけど」

 ジョロウが言います。

「もうそろそろ終わりにします? 姐さん」

 ユキが言います。

 だからタマモは身体を持ち上げて、うーんと伸びをしました。

「せやねえ。あてももう眠いし」

 ふかふかのしっぽを揺らして、タマモは立ち上がります。一歩、二歩、眠っている者たちへ近づきますと、おほほほほほ、あははははは、いひひひひひ、うふふふふふ、妖怪たちの笑い声が湧き上がります。


「アッハハハハ!」

 そこにもうひとつ、楽しそうな笑い声が混ざりました。

「うん?」

 知らない笑い声を聞いて。タマモは足を止めます。そしてその目の前に。

「ンバァ!」

 誰かがさかさまに落ちてきたのでした。





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