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囲われた社で


「え……? みなさん、どこに……。モモくんも、タマモさん、まで」

 カグヤはいなくなったみんなを探してあたりを見渡します。誰もいない。そのことだけに目がいって、カグヤは気づきません。いつのまにか戸も閉められていて、薄暗い社にひとり、閉じこめられていることに。

「いいえ、とにかく警戒を。『一幕武装ブックオープン』。きゃっ……!?」

 ぬるっと気持ちの悪い湿り気がして、カグヤは口を噤みました。その隙ににゅるっとお口も防がれて、もう簡単には呪文も唱えられなくなります。

「おほほほ。相変わらず警戒心の薄いこと。不老不死となればこうもなっちゃうのかしらね。カグヤちゃん」

「ふむー」

 その笑い方には聞き覚えがありました。そうなると身体を締めつける感触にも納得です。なんだかべたべたしているのは以前と違いますが、首と同じ長い舌でべろりと舐められてぞっとするのといっしょに理解します。

「ジョロウに聞いたわよ。あんたたちの特異な力は呪文を唱えなきゃ使えないって。なあんだ。そうと知っていればわたくしでもこうして、あなたを締めあげることができたのに」

「ロク……さん……」

「そこまで、だめだめ」

 隙をついてロクの名を呼びはしましたが、それ以上はしゃべらせてくれません。もっともっとぎゅっと締めつけられて、こんどこそもうおしゃべりができなさそうです。それどころかお鼻のほうまでにゅるにゅるが巻きついてきて、息もできなくなりそうでした。

「ふむっ……ふ……」

「ああ、だいじょうぶよ。かんたんに意識を飛ばさせたりはしないから。もっと苦しむお顔を見せて。カグヤちゃん」

「んむー!」

 カグヤはがんばってロクを振りほどこうとします。ですけどカグヤは、もともと不老不死である以外はふつうの女の子です。妖怪であるロクの締めつけをなんの力も使わないで抜け出すなんてできるわけもありません。そのうえ、いまは呼吸が苦しくってなおさら力も入りませんし。

 カグヤは片足のほうから締めつけられたみたいです。足からにゅるにゅるロクの首が絞めつけながらあがってきて、胴と片腕がまとめて捕まりました。それからお顔です。口をふさがれて、お鼻もはんぶんくらいふさがっています。動かせるのは片腕と片足くらい。ですけどロクは締めつけながら縦に引っぱるみたいに力をこめるので、だんだんとカグヤのお身体は空に浮いています。そうなってはもう踏ん張りもきかないのでなおさら力なんて入りません。だんだんと息も苦しくなって、身体も縦に引っ張られるのでなんだか全身が痺れるようでした。水を絞られる雑巾になったみたいな気持ちです。思わず涙が出そうなほどの辛さでした。

 このままでは痛くて苦しくておかしくなりそうです。意識が飛ばないからなおのこと、ずっと苦しいのが続きます。このままじゃだめです。頭が変になってしまいます。

 しかたないです。そうカグヤは思いました。それはあまりに見栄えが悪いのでやりたくないことでした。ですけど、もうやらなきゃだめそうです。

「んー! うんぅー!」

 カグヤは決心して、空いている片腕で自分の長い黒髪をつかみました。ぐっと力をこめて、それを引っぱります。

「なにをやっているの、カグヤちゃん。もう痛くて苦しくて、おかしくなっちゃったのかしら」

「んゆううぅぅ!!」

「うん?」

 ぼきりと、いやな音がしました。ロクは変に思います。

 その音は知っています。締めつけて相手を捕らえてから、じわじわと全身をいたぶるロクは、その音を聞きたくてそんなやり方をしているといっても間違いじゃないくらいです。

 だけど早いです。まだロクは、カグヤの首の骨を折るまで力を入れていないはずなのです。

 首の骨が折れて、そうしたらそのぶん、カグヤの首は長く伸びました。ぐっと引っぱって、ロクの締めつけから逃れるのです。

「『一幕武装ブックオープン』。『蓬莱ほうらいの玉の枝』」

 いちばん得意な武装でもって、あとは拘束を切り逃れるのみです。


        *


 しゅるしゅると長い舌を伸ばして、ロクは笑いました。

「どういう、ことです」

 カグヤは混乱しました。折れた首が痛くて、ですけどそれより、背筋がぞっと冷たくなりました。

 ありえないことが起きたのです。起きたというか、起きなかったのですが。ほんとうに、どういうことだかわかりません。

「あ~んっ!」

「ひっ!?」

 カグヤはべつの攻撃に気づいて、そちらに剣を向けました。ですけどそんなことをしても無駄なのです。だって、呪文はちゃんと唱えたのに、剣が・・出て・・こなかった・・・・・のですから・・・・・

「ばくっ!」

「……っ! んぎぃっ!」

 その腕は嚙み切られてしまいました。カグヤの片腕はなくなったのです。そのうえ首も折れてまっすぐになりません。痛いのもそうですけど、首が曲がったままでは動きにくいですし、なにより世界がかたむいて見えるのでたいへんです。

「んしゃんしゃ。やっぱり少女の肉はおいしいねー」

「ニロ。腕一本までよ。まだまだカグヤちゃんには苦しんでもらうんだから」

「えー。でもでも、不老不死のカグヤちゃんならこの腕も、また生えるんだよねー?」

 わさわさの長い髪に隠れた大きなお口を向けて、ニロがカグヤに言いました。

「そんなわけ、ありません」

 どうやらロクはカグヤを締めつけるのをやめたみたいでした。いいえ、足から首元まではまだ捕まっています。ですけど、お口をふさぐことは、その意味はもうなくなったのでしょう。

 だからカグヤは残った腕でなくなった腕の傷口をおさえました。血はなくなってもだいじょうぶですけど、やっぱり痛いものは痛いのです。なんどもなんども大怪我をしてきたカグヤは多少痛みにも慣れていますが、それでももちろん痛いのです。傷口をおさえると、なんとなくすこし安心するからそうしちゃうのでした。

「じゃあ、ぜんぶ食べたら死ぬんじゃないの?」

 ニロがちょっとうれしそうに言います。

「死ねませんよ。ただし、肉体に替えはありません。能力で元にもどせるだけです」

「ああ、あのときの」

 さっき会ったときのことを思い出して、ロクが言いました。『仏の御石みいしの鉢』。ニロに上半身を食い千切られたときにカグヤの身体が戻ったのは、その武装を使ったときでした。

「『一幕武装ブックオープン』。『仏の御石みいしの鉢』」

 カグヤはそう唱えます。ですけど、やっぱりこれも発動しませんでした。カグヤはいろいろと痛いのも含めて、とっても苦しいお顔になります。

 どうしてなのかはわかりませんが、なぜだか武装が使えないみたいです。カグヤはそれを理解して、絶望しました。だってカグヤはほかの『童話の世界』の王さまたちとちがって、武装以外の能力を持っていないのですから。

「あははは。痛いの? 苦しいの? カグヤちゃん」

 あーんと、ニロはやっぱり大きなお口を開けてカグヤを脅かします。カグヤもずるずるとニロから逃げるみたいに後ろに下がろうとしました。ですけど、ロクの首もまだ巻きついているのである程度以上ははなれられません。

「おほほほ。どこに行くの、カグヤちゃん。お姉さんたちともっと遊びましょう?」

 巻きついた首のさきで、ロクが笑います。汗と、涙が出てきます。それをロクの長い舌が舐めとりました。

「いや……、来ないでください……」

 カグヤはただの少女みたいに震えて泣きます。片腕がなくなって、首は折れて曲がって、自分で引っ張った黒髪は、ふだんの美しさを忘れて乱れ放題です。そんなんじゃもう、まるでカグヤも妖怪みたいなお姿でした。

「おほほほほほ」

「あははははは」

 おびえるカグヤを見て、楽しそうにロクとニロが笑いました。怖がるカグヤの汗と涙はロクが舐めとります。まだ食べられそうなところがないか探すみたいにニロのお口がガシガシと歯を鳴らします。

「い、いや……」

 お口もお鼻も塞がれていないのに、カグヤは息ができない気持ちになりました。荒く息を吸って、なんとか生きている気持ちです。曲がった首をぶるぶる震えさせて、来ないでって祈りました。

 ですけど妖怪は、神さまや仏さまとは違うのです。カグヤが怖がれば怖がるほど、もっともっと楽しそうにカグヤを脅かすのでした。





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