なんやかんやとあって、四人は丘の上のお社に到着しました。カグヤはぎゅっとドロシーの手を繋いで離しませんし、クラウンがカレンを背負っていて、そのカレンはなんだか楽しそうにアッハハハと笑っていておかしなようすですが。
遠くから見ていてもわかるくらいですから、近づくとその場所がどれだけ変なのかわかります。そもそもお社っていうのは、神さまを祀る場所のはずです。ですけどそのお社はすっごくさびれていて、ぼろぼろで、とてもじゃないですけど神様なんてお祀りできそうもありません。
そしていちばんおかしいのが、お社を囲うようにして立ち並ぶたくさんの鳥居です。鳥居は神社の入り口だったりを示すシンボルだったりするのですが、神さまのための神聖な場所とお外を分け隔てる境界の意味もあります。境界であったり、結界であったり。とにかく外と中を区切るためのものです。
それが、たくさんたくさん並んでいます。それはつまり、厳重に厳重にお外と内側を分けているってことです。つまりその内側は、それだけお外と違う場所、ってことなのでしょう。
さびれた神域に、厳重な結界。そしてそこに住む、妖怪たち。それがどうやら、
お社のまえに立って、そこでようやくカグヤはドロシーの手を離しました。いちばんにさきに進み出て、引戸に手をかけます。建付けが悪いのか、それは力をいれても開くまでに苦労しました。
「おいでやす」
ほのかにほこりが舞いました。お外の光を反射して、それがキラキラ輝いています。ですけどそれより、もっとずっと輝いている妖怪が、その奥にいました。
「あなたが
「タマモちゃんや。よろしゅうね」
ひらひらと白くて細いお手てを振ります。チリンチリンと、ちいさく鈴の音が鳴ったような気がしました。ですけど、とくに鈴などを身に着けているようすはありません。
すらっと細いお身体ですが、けっしてか弱い感じじゃないです。はだけたお着物のすきまから見えるお身体に、うっすらと黄金の毛並みが見え隠れしていて、それでじっさいの大きさよりもひとまわりふっくらして見えるのかもしれません。お顔とか手足のさきのほうとか(ほとんどは身体の先っぽのあたりです)、お身体のだいたい半分くらいは人間たちみたいに白くてすべすべの肌ですのに、残り半分は、お身体の内側のほうは、完全に獣の、狐みたいなお姿に見えます。
その証拠に、頭にはふたつのお耳がぴょこんと生えていますし、なによりタマモをおっきく見せる九つのしっぽが、フワフワとふかふかと、彼女のうしろに隠し切れないようすで揺れています。
「わたくしは『童話の世界』の女王、カグヤです。こちらへ参りました理由は、おはなしする必要はありませんね?」
「そない怖い顔せんと、カグヤちゃん。よぉわかっとるわ」
眠そうな瞼を持ち上げると、その瞳は銀色に輝いていました。妖しく光るそれに見つめられると、なんだか落ち着かない気持ちになります。とってもきれいで、美しくて、目を逸らしたくなるのです。見つめていることが畏れ多いような、ほんのすこしだけ、神さまを目にするような気持ちです。
じゅるっと、タマモはちょっとだけ舌を出して唇を舐めました。その動作でカグヤは気を持ち直します。見惚れている場合なんかじゃありませんでした。
「モモくんを返してください」
もっと怖いお顔を作って、カグヤは言いました。これから戦いが始まるかもしれません。だから能力を使う準備も、心構えもしながら。
「そこ」
タマモは言って、白くて細い指先でお部屋のすみを示しました。そちらを見ると、たしかにモモがそこにいました。タマモに目がいってまったく気がつかなかったのです。
「モモくん!」
ですが、モモは横になって目をつむっています。ゆさゆさと揺らしてみてもまったく反応がありません。息はしているので、身体に異常はなさそうですが。
「モモくんに、なにをしたんですか」
カグヤはすっごく怒ったようすでタマモを睨みます。ですけどタマモはべつに気にしたふうでもなく、ひとつ、大きなあくびと伸びをしました。
「なんぞつかれて眠ってしまったのとちがうん? ずぅっと気ぃ張っとったさかい」
「馬鹿にしないでください。モモくんは武士ですよ。敵地でこれだけの熟睡なんてするわけありません」
「ふうん」
しなだれかかるみたいにして横になっていたタマモが、お身体を持ち上げました。もういっかい伸びをして、カグヤのおはなしを聞いてあげようかなって感じに前のめりになります。
「あてがなんかしたって言わはるん?」
「そうでなくとも、こうなった理由は知ってますでしょう?」
驚いたみたいにお目めを真ん丸にして、それからタマモは「コッコッコ」と笑いました。ほんとうにおかしそうに笑いますので、おさまるまでに時間がかかりましたが、カグヤは辛抱強く待ちます。黙って、怖いお顔で睨みつけながら。
「好きにせぇや」
お外から差し込むすこしの光しかないお社の中で、タマモが闇に紛れました。見えにくい影の中で、タマモの銀の瞳が怪しく光ります。
「はい?」
すこしだけ、ぞっとしました。ですけど負けていては誰も助けられません。カグヤは落ち着かない心をなだめて、気丈にタマモを睨みます。
「あてらは好きなことしとうだけや。カグヤちゃんもそうすりゃええ」
「モモくんを連れ帰っても?」
「そぉや。べつに邪魔したりせんよ」
せっかく起こしたお身体をタマモはもういちど寝かせました。邪魔しないっていうことを証明するみたいに。
狐につままれたみたいです。なんにも邪魔をしないって言うなら、じゃあどうしてモモはさらわれたのでしょう? こんなのになんの意味があるのでしょう? それがわからなくて不気味なのです。
「あなたを、攻撃してもいいということですね」
ぴくりと、タマモのお耳が揺れました。眠るみたいに閉じていた目を開いてカグヤを見ます。
「もとよりいまは戦時中やろ。やから」
「あなたをこらしめれば、モモくんは起きますか?」
「好きにしてみぃや」
すこしだけ、タマモは大きなお声を出しました。
「モモくんを連れ帰っていいというのなら、目を覚まさせてください。あなたの力がないと起きないというなら、連れ帰ったところで意味がありません」
そう思ったのです。武士であるモモがこれだけ揺すっても起きないなら、もうずっと起きないかもしれないとも思えてしまうのです。だからただ連れ帰るだけじゃ足りません。ここでちゃんと起こして還らないと。
「まだあてを疑うとる。かなしいわぁ、ほんま」
タマモはお着物の袖でお顔を隠して、およよと泣きまねしました。わざとらしすぎてむしろ不快です。
「らちがあきません」
カグヤはもう、攻撃してみるしかないと思いました。おはなししていても、のらりくらりとかわされるだけな気がしたのです。
「なにを心配しとるん? カグヤちゃん」
武装を使おうとしたカグヤを、タマモの声が止めました。
「モモくんが心配なん? あてと戦うて、世界の関係が悪うなるのが心配なん? おどれの身を案じとるん?」
三つめはぜんぜん心配していませんでした。カグヤは不老不死です。なにがあっても、どうなっても死にません。あるいは、
だから、やっぱりもういちど、『童話の世界』の武装を。カグヤが女王としてできる唯一の戦いを、始めようとして。
「それとも、おらんなったお仲間たちが心配か?」
ぞっとするなにかで、カグヤは攻撃をできなくなりました。
あたりを見渡します。いません。
クラウンもカレンもドロシーも。
さっきまでそこにいたモモも。
いま目の前にいたタマモまで。
もう、誰もいないのです。
コンコン、という鳴き声と、チリンチリンという鈴の音が聞こえた気がしました。
だけどもう、誰もいません。